書評

伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』(岩波書店)、アッシュ・サルカール著、町田敦夫・訳『「マイノリティ支配」の正体』(東洋経済新報社)

  • 2026/08/14

分断の修復 似て非なる2冊の共通項

この2冊の本はそれぞれ違うものを扱っている。『曖昧な弱者の時代』は現代日本の社会状況と政治状況について。『「マイノリティ支配」の正体』は現代イギリスのそれについて。著者の属性も分析のしかたや記述のスタイルもまったく違う。伊藤昌亮は社会学者で、SNSなどでどのような言葉が使われているかを量的・質的に調査し、分析する。アッシュ・サルカールはジャーナリストで、テレビやラジオにも出演している。『曖昧な~』が状況を客観的に分析しているのに対して、『「マイノリティ支配」~』は左翼を自認する著者が見聞きしたさまざまなエピソードを連ねる。本のたたずまいも違う。『曖昧な~』は新書で220ページ、『「マイノリティ支配」~』は単行本で413ページ。ところが2冊を並行して読むと、お互いがそれぞれの補助線のように働く。

『曖昧な~』は、「ひろゆき論」や安倍晋三元首相を狙撃した山上徹也被告のツイート分析、「石丸現象」「財務省解体デモ」などについての論考があるが、先の総裁選挙を扱った第7章「『曖昧な弱者』とその敵意」が興味深い。

書名にもなっている「曖昧な弱者」とは何なのか。伊藤は、貧困層やマイノリティなど一般に社会的弱者として認定されている層を「明白な弱者」、中間層やマジョリティに属しながら「何となく弱っている層」を「曖昧な弱者」とする。

先の総裁選挙での高市早苗首相や参政党の主張はこの「曖昧な弱者」によく響いた。従来のリベラル派は「明白な弱者」の救済には熱心だったが、「曖昧な弱者」に対しては必ずしもそうではなかった。バブル崩壊や長期不況、規制緩和で彼らが弱っているにもかかわらず。取り残された「曖昧な弱者」は、なぜ「明白な弱者」ばかりが優遇されるのかと不満をつのらせ、憎悪は「明白な弱者」と彼らを支援するリベラル派に向けられた。

曖昧な弱者の時代 / 伊藤 昌亮
曖昧な弱者の時代
  • 著者:伊藤 昌亮
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:2026-05-22
  • ISBN-10:4004321123
  • ISBN-13:978-4004321125
内容紹介:
SNSで駆り立てられた「正義」。「真の弱者」から向けられた「偽りの弱者」への怒り。多くの人々が「この社会で損をしている」という思いに突き動かされている今、社会の至るところで噴出する「… もっと読む
SNSで駆り立てられた「正義」。「真の弱者」から向けられた「偽りの弱者」への怒り。多くの人々が「この社会で損をしている」という思いに突き動かされている今、社会の至るところで噴出する「敵意」や「憎悪」から、私たちは何を聞き取るのか。そして、どう向き合うべきなのか。もっともクリティカルな日本社会論!

目 次

はじめに
「弱者叩き」と「弱者争い」
「曖昧な弱者」が「明白な弱者」に敵意を抱く
リベラル派への反感――誰が誰を守るのかを誰が決めるのか
本書の構成
「高市現象」以後の社会を見守っていくために

第1章 ひろゆき論――「ダメな人」のための「優しいネオリベ」
若い世代からの支持とリベラル派への反発
プログラミング思考で権威に切り込む
ライフハックによる自己改造と社会批判
「ダメな人」のための「優しいネオリベ」
リベラル派が嫌われるわけ
情報強者の立場からのポピュリズム
差別的な志向と陰謀論的な思考
おわりに

第2章 山上徹也の閉ざされた政治的世界――残されたツイートの分析から
調査の概略
ネトウヨにならざるをえなかったネトウヨ
ジョーカーの真摯な絶望
なぜリベラル派を嫌うのか
ネトウヨになりきれなかったネトウヨ
権力/反権力/反・反権力
ネオリベラリズムの内面化
出口のない迷路の中で

第3章 「石丸現象」とTikTok――若者世代のリアリティに即して
TikTok動画の内容分析から
「対決型」の背後の「応援型」の姿勢
前政治的な領域での自己啓発的な呼びかけ
ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化
成長が困難な時代の成長戦略として
社会的弱者への配慮と福祉政治
「永遠の若者」にとっての「石丸現象」の意味

第4章 「オールドなもの」への敵意――左右対立から新旧対立へ
左右対立よりも世代間対立?
Xの分析から見えてくる真の争点
マイナ保険証をめぐる動き
「オールド連合」対「ニューなわれわれ」
弱者のためのネオリベラリズム
世代間格差の背後にあるもの
おわりに

第5章 財務省解体デモの論理と心情――取り残された人々の財政ポピュリズム
思考実験から陰謀論へ
「もらえるお金を増やす」のか「取られるお金を減らす」のか
「小さな政府」ポピュリズムか「大きな政府」ポピュリズムか
左派の運動か右派の運動か
「高級」な運動から取り残されてしまった人々

第6章 参政党「真ん中」からの反革命――彼らはなぜ支持されたのか
「共感調達パート」と「コア主張パート」
積極財政で「真ん中」を守る「真ん中」が傷んでしまっている時代に
福祉排外主義と投資排外主義左から入って右に行く
「空を守る」のか「土を守る」のか
「尖端的な言語」と「土俗的な言語」

第7章 「曖昧な弱者」とその敵意――社会分断の今日的構造
高市氏は冷たいのか優しいのか
誰が弱者なのか
「曖昧な弱者」の発生
「曖昧な弱者」が「明白な弱者」に敵意を抱く
今日の文化戦争の構図
「明白な弱者」と「曖昧な弱者」のどちらを大事にするか
出口のない分断から出口のある分断へ
おわりに

主要参考文献
おわりに

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イギリスの状況も似ている。サルカールは「白人労働者が少数派によって迫害されている」という妄想がどのように発生し、広まったのかを語る。キーワードは「アイデンティティ政治」と「アテンション・エコノミー」だ。アイデンティティ政治とは、少数派の権利を重視した政治のこと。反差別の政治と言い換えてもいい。反差別は当然のことだが、左派の誤りは経済的不平等の解消よりもこちらを優先したこと。伊藤が指摘する日本のリベラル派と似ている。

アテンション・エコノミーは、乱暴に言い換えるなら炎上商法か。顰蹙(ひんしゅく)を買おうが誰かが傷つこうが、注目を浴びてアクセス数さえ稼げばいいというメディアやSNSの振る舞いだ。移民や難民、マイノリティがデマと憎悪の標的にされ、政治がそれを利用している。こちらも日本と似ている。

伊藤もサルカールも結論はほぼ同じだ。分断された社会を修復するには、再分配を強めて経済的弱者を支援していくしかない。

「マイノリティ支配」の正体: 分断される社会と文化戦争の罠 / アッシュ・サルカール
「マイノリティ支配」の正体: 分断される社会と文化戦争の罠
  • 著者:アッシュ・サルカール
  • 翻訳:町田 敦夫
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2026-06-24
  • ISBN-10:4492444955
  • ISBN-13:978-4492444955
内容紹介:
経済的不安という「実体的な危機」から人々の目をそらすために、エリート層がいかに「文化戦争」を煽っているか。アイデンティティ政治が個別の被害者感情に矮小化され、多数派である労働者階… もっと読む
経済的不安という「実体的な危機」から人々の目をそらすために、エリート層がいかに「文化戦争」を煽っているか。
アイデンティティ政治が個別の被害者感情に矮小化され、多数派である労働者階級を分断する「マイノリティ支配」の道具にされているかを解き明かす。

そのうえで、
◎文化戦争は別の手段による「上からの階級闘争」であることを認識
◎メディアによる絶え間ない「アテンション」から抜け出し、正しく「怒る」
◎アイデンティティを壁にするのではなく、共通の物質的・社会的利益を中核とした強固な連帯を取り戻す
ことの重要性を示す。

序章 つくられた「マイノリティ支配」の妄想――誰が私たちの怒りを操っているのか
第1章 「被害者」ポジションの奪い合い――左派の「アイデンティティ政治」はなぜ暴走したのか
第2章 怒りはカネになる――メディアが仕掛ける「炎上」とアテンション・エコノミー
第3章 権力にすり寄るジャーナリズム――政治家とメディアの歪んだ「共犯関係」
第4章 捏造された「白人労働者階級」――分断と移民ヘイトはいかにつくられたか
第5章 スケープゴートにされる若者たち――エリート層によるマイノリティへの責任転嫁
第6章 「数が増える」という恐怖――トランスジェンダーと移民を標的にするパニックの正体
第7章 私たちが何も所有できない世界――すべてを搾取する「デジタル地主」と「レンティア資本主義」
結び つくられた分断を超えて――絶望の時代に「連帯」を取り戻すために

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毎日新聞

毎日新聞 2026年7月18日

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