経済停滞・格差への意外な影響
GDPや成長率といった政府公表の国民経済計算では、国民が実感する経済の現状をとらえ切れていないのではないか。幸福度や主婦・主夫の家事がまったく数字に算入されていないと解説されてはいる。けれども現在の経済にはもっと大きな地殻変動が起きている可能性がある。学生から就職活動について報告を受けると、様変わりを感じる。ある学生は、大学三年次の終わりで部活動を引退し会社訪問してみたら、「もう終わったよ」と人事係に言われたそうだ。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)といった、近年の世界経済を取り仕切る外資系ITプラットフォーム企業だけではない。それ以外の企業もこれまでにない学生の資質を求めて、争奪戦を繰り広げているのだ。経団連のような既存の経済団体が設定してきた就職のイメージは、いよいよ主流ではなくなっている。
本書を読むと、その背景が見えてくる。長期の流れとして、企業の投資が機械のような有形資産から無形資産へとシフトしている。財やサービスを生み出す資本として、ソフトウエアや社内のノウハウ、研究開発、ブランド、ネットワークといった触れない資産が重視されているのだ。マイクロソフト社は700億ドルの総資産のうち、工場や設備の価値はわずか4%、時価総額の1%にすぎない。既存の日本企業もこの動きを看過していたわけではない。トヨタの「カイゼン」はその走りだし、「ケイレツ」も再評価されているという。
ところがこれまでの会計方式では、無形資産のうち資産に括(くく)られるのは知的財産やのれん代だけ。自社開発のソフトや研修費用は経費とみなされる。本書はもっと多くの無形資産が企業の生産性に与える効果に注目、様々に工夫されてきた計測法を紹介する。そこから見えてきたのが有形資産とは異なる特質である「4S」だ。
「スピルオーバー」は私的な投資のはずが財産権で囲い込めず、競合他社にも便益を与えてしまう波及効果のこと。「シナジー」はレコード会社が病院と組んで開発したCTスキャンのように、他分野のアイデアと組み合わせて得られる創発性。「スケーラビリティ」はスターバックスの店舗マニュアルがどの国でも翻案できることに象徴される拡張可能性。「サンク性」は当該企業にのみ利用可能で転売できない埋没性を指す。
4Sからすれば、先行企業からのスピルオーバー(たとえばフォーマット)をしっかり解読し、他社との社交から新規アイデアを思いつくシナジー効果を活(い)かす人材こそが企業を発展させる。経営者にも、社員がそうした活動をしやすいよう調整する能力が期待される。
本書の後半は応用問題で、無形資産のこうした特性を考慮しつつ長期停滞や格差について考察する。停滞がGDP成長率の低下を指すとしても、無形資産がもたらすスケールアップを計測せず、有形資産への投資だけを見ているからではないか。企業間の利益差は、無形資産を使いこなす差かもしれない。さらにシナジー効果をもたらす社交は都会で繰り広げられるから、地価が上がって住宅取得者とそうでない者の富の格差が拡(ひろ)がった、と。斬新な解釈だ。
R・ライシュが「シンボル分析者」と名付けたようなITを操るエリートたちだけでなく、無数の商品を集めて1シフトで最大24キロも歩くというアマゾン社の倉庫労働者にも目を向けているのがリアル。就活生に読ませたくなる書だ。