書評

『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話』(河出書房新社)

  • 2024/03/06
アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話 / カトリーン・キラス゠マルサル
アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話
  • 著者:カトリーン・キラス゠マルサル
  • 翻訳:高橋 璃子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2021-11-16
  • ISBN-10:4309300162
  • ISBN-13:978-4309300160
内容紹介:
アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰! ? 女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。格差、環境問題、少子… もっと読む
アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰! ? 女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。
格差、環境問題、少子化―現代社会の諸問題を解決する糸口は、経済学そのものを問い直すことにあった。20カ国語で翻訳、アトウッド、クリアド=ペレス称賛。ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ等各紙誌絶賛。

★各紙誌で大絶賛! ★

知的で痛快、スラスラ読める経済とお金と女性の本――
マーガレット・アトウッド(作家、ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』原作者。Twitterより)

経済学にまったく新しい光を当てる。挑戦的で、目がひらかれる一冊――
ウィル・ハットン(オックスフォード大学ハートフォードカレッジ学長)

古典派経済学とその現代版の欠陥を明らかにし、市場という祭壇に人類の目的すべてを従わせようとする宗教的熱意のありさまを暴きだす。ウィットと怒りを織り交ぜ、経済人がいかに作られてきたかを描く、パワフルでおもしろい物語――プロスペクト誌

仕事とは、生産性とは、価値とは。これまでの考え方に挑む本格的な考察――バフラー誌

アダム・スミス、ケインズ、フロイト、シカゴ学派、ローレンス・サマーズらのあいだを縦横無尽に駆けめぐる。思慮深くも軽快な語り口で著者が指摘するのは、経済学の真ん中にぽっかり開いた、利己心や市場でカバーできない大きな穴だ。本書はある意味でベティ・フリーダン『新しい女性の創造』にも匹敵するほど画期的な一冊と言えるだろう――ボストン・グローブ紙

「食事をどうやって手に入れるか?」この経済学の古典的問題に、スウェーデンのジャーナリストが独自の切り口で挑む。資本主義というシステムの誕生にまで遡り、経済人という概念がもはや世の中に合わないのではないかと分析。ユーモアを交えた読みやすい筆致で、経済とジェンダーの交わりをしっかりと考察する。答えを提示するよりも、問うことを促してくれる――ライブラリー・ジャーナル誌

切れ味鋭い文体、豊富な実例とポップカルチャーへの言及。経済学なのにとっつきやすく、非常にリーダブル。重要な一冊だ――ポップ・マターズ誌


【もくじ】

プロローグ 経済と女性の話をしよう
第1章 アダム・スミスの食事を作ったのは誰か
第2章 ロビンソン・クルーソーはなぜ経済学のヒーローなのか
第3章 女性はどうして男性より収入が低いのか
第4章 経済成長の果実はどこに消えたのか
第5章 私たちは競争する自由が欲しかったのか
第6章 ウォール街はいつからカジノになったのか
第7章 金融市場は何を悪魔に差しだしたのか
第8章 経済人とはいったい誰だったのか
第9章 金の卵を産むガチョウを殺すのは誰か
第10章 ナイチンゲールはなぜお金の問題を語ったか
第11章 格差社会はどのように仕組まれてきたか
第12章 「自分への投資」は人間を何に変えるのか
第13章 個人主義は何を私たちの体から奪ったか
第14章 経済人はなぜ「女らしさ」に依存するのか
第15章 経済の神話にどうして女性が出てこないのか
第16章 私たちはどうすれば苦しみから解放されるのか
エピローグ 経済人にさよならを言おう

経済格差の広がりを止められない理由

ボーヴォワールの『第二の性』に、「人間とは男のことであり、<中略>つまり女は“他者”なのだ」という有名な一節がある。男性が基準(デフォルト)であり、女性は逸脱した変異型だという古来の考え方だ。

アダム・スミスの経済理論「見えざる手」の届かないところに、見えない性がある、とカトリーン・マルサルは言う。見えない性とは「女性」。ホモ・エコノミクス(経済人)理論のモデルは女性の存在を無視して作られてきたという意味だ。女性権利活動家のクリアド=ペレスは『存在しない女たち』で、雪かき作業から病気の診断まで、社会のあらゆる機構が女性の心身を度外視して設計されていることを論証したが、経済学もその例に漏れなかったようだ。

アダム・スミス曰(いわ)く、「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」。人間の愛や親切はあてにならないが、人は常に利を求めて動き競いあう。自由市場こそが効率的な経済の鍵であり、人びとの利己心があればこそ、ステーキが食卓に上る。経済学は「愛の節約」を研究する学問なのだ――果たしてそうだろうか? 「ちなみにそのステーキ、誰が焼いたんですか?」と、マルサルは問う。

独身者の母が日々世話をしたのだ。無償で。愛ゆえに(かどうかはわからない)。第二の性が支えてきた「第二の経済」があるのに、それを経済学は丸々視界から排除してきた。一九五〇年代のシカゴ学派のように、女性のケア労働なども経済モデルで分析しようとした人たちもいるが、それは新自由主義の牙城の学者たちが「自説を確認しただけ」で、「答えは最初から決まっていた」という。

economyの語源のoikosは「家」に由来するのに、家事や家族の面倒を考慮しなかったのはなぜか。一つには、ケア労働が他者への献身であり(看護師業は元々修道女の仕事だった)、「高潔で尊いもの」だからお金には換算できないという理屈がある。だが、ケア=愛は女性から無尽蔵に湧いてくる「天然資源」ではない。ナイチンゲールが看護の偉業を成し遂げたのは、資金があったからだ。

もう一つには、自律と自由を重んじる近代以降の「個人像」の影響もあるだろう。マルサルのいう「自分の生き方は自分で決め、他人のやり方には口を出さない」「孤立した」経済人というのは、政治哲学者のチャールズ・テイラーがbufferedself(緩衝化され隔絶した自己)と表現した近代人像と重なる所がないだろうか。三つ目に、突き詰めれば、ケア労働が人の「肉体」に関わることだからではないのか? 人類は昔から精神を上位に、身体をより下位に置いてきた。本書によれば、男性は知性が司る生き物=「精神の体現者」である一方、女性は身体に「引きずられ」るので劣った存在=「身体の体現者」という見方がある。

いまの世界が抱える貧困問題の多くは、女性問題だ。マルサルは「自由という言葉は、使い方しだいでどこまでも残酷になる」と述べ、「弱さを受け入れよう。私たちの共通点はいつも身体から始まる」と主張する。経済格差が広がるのを止められない理由を知りたいなら、アダム・スミスの夕食について知るべし。
アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話 / カトリーン・キラス゠マルサル
アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話
  • 著者:カトリーン・キラス゠マルサル
  • 翻訳:高橋 璃子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2021-11-16
  • ISBN-10:4309300162
  • ISBN-13:978-4309300160
内容紹介:
アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰! ? 女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。格差、環境問題、少子… もっと読む
アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰! ? 女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。
格差、環境問題、少子化―現代社会の諸問題を解決する糸口は、経済学そのものを問い直すことにあった。20カ国語で翻訳、アトウッド、クリアド=ペレス称賛。ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ等各紙誌絶賛。

★各紙誌で大絶賛! ★

知的で痛快、スラスラ読める経済とお金と女性の本――
マーガレット・アトウッド(作家、ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』原作者。Twitterより)

経済学にまったく新しい光を当てる。挑戦的で、目がひらかれる一冊――
ウィル・ハットン(オックスフォード大学ハートフォードカレッジ学長)

古典派経済学とその現代版の欠陥を明らかにし、市場という祭壇に人類の目的すべてを従わせようとする宗教的熱意のありさまを暴きだす。ウィットと怒りを織り交ぜ、経済人がいかに作られてきたかを描く、パワフルでおもしろい物語――プロスペクト誌

仕事とは、生産性とは、価値とは。これまでの考え方に挑む本格的な考察――バフラー誌

アダム・スミス、ケインズ、フロイト、シカゴ学派、ローレンス・サマーズらのあいだを縦横無尽に駆けめぐる。思慮深くも軽快な語り口で著者が指摘するのは、経済学の真ん中にぽっかり開いた、利己心や市場でカバーできない大きな穴だ。本書はある意味でベティ・フリーダン『新しい女性の創造』にも匹敵するほど画期的な一冊と言えるだろう――ボストン・グローブ紙

「食事をどうやって手に入れるか?」この経済学の古典的問題に、スウェーデンのジャーナリストが独自の切り口で挑む。資本主義というシステムの誕生にまで遡り、経済人という概念がもはや世の中に合わないのではないかと分析。ユーモアを交えた読みやすい筆致で、経済とジェンダーの交わりをしっかりと考察する。答えを提示するよりも、問うことを促してくれる――ライブラリー・ジャーナル誌

切れ味鋭い文体、豊富な実例とポップカルチャーへの言及。経済学なのにとっつきやすく、非常にリーダブル。重要な一冊だ――ポップ・マターズ誌


【もくじ】

プロローグ 経済と女性の話をしよう
第1章 アダム・スミスの食事を作ったのは誰か
第2章 ロビンソン・クルーソーはなぜ経済学のヒーローなのか
第3章 女性はどうして男性より収入が低いのか
第4章 経済成長の果実はどこに消えたのか
第5章 私たちは競争する自由が欲しかったのか
第6章 ウォール街はいつからカジノになったのか
第7章 金融市場は何を悪魔に差しだしたのか
第8章 経済人とはいったい誰だったのか
第9章 金の卵を産むガチョウを殺すのは誰か
第10章 ナイチンゲールはなぜお金の問題を語ったか
第11章 格差社会はどのように仕組まれてきたか
第12章 「自分への投資」は人間を何に変えるのか
第13章 個人主義は何を私たちの体から奪ったか
第14章 経済人はなぜ「女らしさ」に依存するのか
第15章 経済の神話にどうして女性が出てこないのか
第16章 私たちはどうすれば苦しみから解放されるのか
エピローグ 経済人にさよならを言おう

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2021年11月20日

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