書評

『焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)

  • 2024/01/12
焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史 / 湯澤 規子
焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史
  • 著者:湯澤 規子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2023-09-28
  • ISBN-10:4041126495
  • ISBN-13:978-4041126493
内容紹介:
その甘みは、女性労働者のソウルフードだった。おやつから紐解く人間交流史知られざる壮大な連鎖が浮かびあがる。津田梅子が二度目の留学で学んだウッズホール海洋生物学研究所。その前身施… もっと読む
その甘みは、女性労働者のソウルフードだった。おやつから紐解く人間交流史

知られざる壮大な連鎖が浮かびあがる。
津田梅子が二度目の留学で学んだウッズホール海洋生物学研究所。その前身施設を設立したエレン・リチャーズは女性で初めてマサチューセッツ工科大学に入り、家政学を確立した人物で、彼女が大学を志すきっかけとなった雑誌の寄稿者の一人が『小公女』らで知られるバーネット。
その雑誌や『若草物語』のオールコットらによる労働文学の読者に、マサチューセッツ州のローウェルの女工たちもいた。彼女たちは女性だけの共同組織を作り、雑誌の発行も行っており、それらを含めたアメリカの女性教育を見聞して日本での教育拡充も訴えたのが森有礼だった。

■集会と焼き芋は喜びとささやかな抵抗
■日本でもアメリカの女性運動を同時代的に参照し、実践していた
■ローウェルの工場の窓には新聞の切り抜きが貼られ、それは窓の宝石と呼ばれていた
■ドーナツは主食のように見なされていた
女性労働者は一方的な弱者でなく、実は「わたし」の人生を強かに拡張していた。
ではなぜ、「わたし」という主語で語る術を私たちは失ってきたのだろうか?

【目次】
プロローグ――「わたし」を探す
第一部 日本の女性たち
第一章 糸と饅頭――ある紡績女工のライフヒストリー
第二章 焼き芋と胃袋――女工たちの身体と人格
第三章 米と潮騒――100年前の米騒動と女性の自治
第四章 月とクリームパン――近代の夜明けと新しき女たち
第二部 アメリカの女性たち
第五章 野ぶどうとペン――女性作家の誕生
第六章 パンと綿布――ローウェルの女工たち
第七章 キルトと蜂蜜――針と糸で発言する女性たち
第八章 ドーナツと胃袋――台所と学びとシスターフッド
エピローグ――「わたしたち」を生きる
あとがき――「わたし」の中に灯る火
主要参考文献

胃袋に注目し描く日米女性工場労働者

甘いものは疲れを癒やし、場の雰囲気を和ませてくれる。いや、甘くなくても、塩辛い煎餅でも。おやつの時間は大切だ。

書名にある焼き芋は、近代日本の紡織工場で働いていた女性たちが好んだもの。ドーナツはアメリカの紡織工場の女性たちがおやつに、ときには朝食がわりにしたもの。本書は日米の女性工場労働者がどのように生きたかを描く。著者が注目するのは「日常茶飯」のこと、とりわけ「胃袋」。

象徴的なエピソードが初めのほうに出てくる。「高井としを」という女性がいた。『女工哀史』で知られる細井和喜蔵の内妻、というか『女工哀史』のネタ元。1902年に生まれ、10歳のときから工場で働いた。大和郡山や名古屋の工場を経て1920年、東京・深川の紡績工場にたどり着く。

としをは無一文で、着替えも石鹼もない。シラミがわいて、寄宿舎の同僚にうつってしまう。なにしろ同じ布団を昼夜交替の2人で使うのだから、同僚が怒るのも当然だ。初給料日の翌日、としをは日本橋で着物と襦袢を買い、同室の女工たちには煎餅や饅頭をたくさん買って帰ったという。お菓子が怒りをしずめ、人をつなぐ。

当初、寄宿舎の女工たちは外出を制限されていた。つまり24時間、工場に管理されていた。待遇改善を要求し、自由に外出する権利を獲得する。自分で稼いだお金で買い食いする喜びは大きなものだったろう。女工たちが好んで食べたもののひとつが焼き芋だった。

この本の後半はアメリカの話。高井としをたちの時代よりも1世紀ほど前、19世紀前半の紡織工場。ここでも女性たちの労働は過酷だ。ただし、紹介されているメニューを読むと、寄宿舎の食事は100年後の日本よりもはるかにいいけれども(ローストチキンやベイクドサーモンなどが出て、デザートはパンプディングとコーヒーか紅茶!)。

やがて寄宿舎制度が廃止され、工場労働者たちは自分で食事を用意する。そこで重宝されるのがドーナツやサンドイッチだった。自分で焼く余裕はなかったから、出来合いのものを買って食べた。

『小公女』のバーネットや『若草物語』のオールコット、そして津田梅子や森有礼の名前が登場する。4人ともドーナツが好き? いやいや、そんな話ではなく、アメリカの女工たちは共同組織を作り、雑誌を発行していたというのだ。それがアメリカにおける女性教育の源となり、日本にも影響を与えたというのである。副題「日米シスターフッド交流秘史」とはそういう意味。

これは食べ物ではないが、パッチワークキルトの話が出てくる。小さな布を縫い合わせる手芸。素材になるのは自分が着古した服の一部だった。つまり、過去の時間が縫い合わされている。

しかもパッチワークキルトは数人が集まって共同で作るものだったという。おしゃべりしながら作った布は、結婚や出産祝いに贈られることもあれば、亡骸を包む棺がわりになった。禁酒運動や奴隷解放運動、女性参政権運動では、キャンペーンの旗印としてキルトが作られた。針と糸が彼女たちをつなぎ、思いを伝えた。

おやつの時間、そして仲間とのおしゃべりは大切だ。
焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史 / 湯澤 規子
焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史
  • 著者:湯澤 規子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2023-09-28
  • ISBN-10:4041126495
  • ISBN-13:978-4041126493
内容紹介:
その甘みは、女性労働者のソウルフードだった。おやつから紐解く人間交流史知られざる壮大な連鎖が浮かびあがる。津田梅子が二度目の留学で学んだウッズホール海洋生物学研究所。その前身施… もっと読む
その甘みは、女性労働者のソウルフードだった。おやつから紐解く人間交流史

知られざる壮大な連鎖が浮かびあがる。
津田梅子が二度目の留学で学んだウッズホール海洋生物学研究所。その前身施設を設立したエレン・リチャーズは女性で初めてマサチューセッツ工科大学に入り、家政学を確立した人物で、彼女が大学を志すきっかけとなった雑誌の寄稿者の一人が『小公女』らで知られるバーネット。
その雑誌や『若草物語』のオールコットらによる労働文学の読者に、マサチューセッツ州のローウェルの女工たちもいた。彼女たちは女性だけの共同組織を作り、雑誌の発行も行っており、それらを含めたアメリカの女性教育を見聞して日本での教育拡充も訴えたのが森有礼だった。

■集会と焼き芋は喜びとささやかな抵抗
■日本でもアメリカの女性運動を同時代的に参照し、実践していた
■ローウェルの工場の窓には新聞の切り抜きが貼られ、それは窓の宝石と呼ばれていた
■ドーナツは主食のように見なされていた
女性労働者は一方的な弱者でなく、実は「わたし」の人生を強かに拡張していた。
ではなぜ、「わたし」という主語で語る術を私たちは失ってきたのだろうか?

【目次】
プロローグ――「わたし」を探す
第一部 日本の女性たち
第一章 糸と饅頭――ある紡績女工のライフヒストリー
第二章 焼き芋と胃袋――女工たちの身体と人格
第三章 米と潮騒――100年前の米騒動と女性の自治
第四章 月とクリームパン――近代の夜明けと新しき女たち
第二部 アメリカの女性たち
第五章 野ぶどうとペン――女性作家の誕生
第六章 パンと綿布――ローウェルの女工たち
第七章 キルトと蜂蜜――針と糸で発言する女性たち
第八章 ドーナツと胃袋――台所と学びとシスターフッド
エピローグ――「わたしたち」を生きる
あとがき――「わたし」の中に灯る火
主要参考文献

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年11月25日

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