自著解説

『日本史を学ぶための図書館活用術: 辞典・史料・データベース』(吉川弘文館)

  • 2020/06/15
日本史を学ぶための図書館活用術: 辞典・史料・データベース / 浜田 久美子
日本史を学ぶための図書館活用術: 辞典・史料・データベース
  • 著者:浜田 久美子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(183ページ)
  • 発売日:2020-03-02
  • ISBN-10:4642083707
  • ISBN-13:978-4642083706
内容紹介:
日本史初学者に向け、辞典や年表、史料の注釈書の特徴と活用方法を平易に解説。データベース活用法も交え、広く役立つガイドブック。

改行のないレポート ‐『日本史を学ぶための図書館活用術』への想い‐


図書館に行かない学生

拙著『日本史を学ぶための図書館活用術』(略して「トショカツ」)は、大学生が日本史の授業でレポートを書く際に知ってほしい内容をまとめた本である(以下、本書)。辞典の紹介に多くを割く点は、国立国会図書館でのレファレンス経験に基づくが、「レポートの書き方」の章を設けたのは、大学での経験に拠る。
現在の大学生の多くは、スマートフォン(スマホ)に依存した生活を送っていると言ってよい。試験勉強する授業のノートも、なぜかスマホの写真画像のなかにある。図書館で本を調べてレポートを書くように伝えても、「本を見なきゃだめですか?」と質問される。イラっとしても我慢である。この背景には、図書館の本の価値がわからない、つまり図書館を普段使っていない、それでも困らないという現代社会の深刻な問題がある。


ネットは媒体、本質を見よ

もし私が現在大学生であれば、やはり何でもスマホで調べるのだろうから、図書館を使わない彼らが悪いわけではない。本書を執筆するうえでも、常に時代を意識し、過去のやり方の押し付けにならないよう自問自答してきた。
例えば、国立情報学研究所の論文検索データベース「サイニー(CiNii-Articles)」で本文画像が掲載されている論文の出典を書く際に、多くの学生は、ネット上のどこにその画像があるかを示すURLを張り付ける。記号化された文字の羅列は、ネット世代ではない採点者を不快にさせることも多いだろう。
しかし、これではだめなのか。収録雑誌名、巻号を書かなくても、論文はネット上にあるのだから、そのありかがわかればよいのではないか。雑誌名を求めるのは、まるでコンビニにある本をわざわざ本屋で買えと言っているようなもので、時代にそぐわないのではないか、そんなことも考えた。
だが、ちょっと待って。URLだけなら、雑誌というモノの存在は消え失せてしまう。研究者は雑誌から論文の性格を判断することもある。査読の有無だけではなく、学界における雑誌の存在は長年の研究活動が生み出した実績である。論文はネット上に載せるものではない。雑誌や専門書に載っているものの一部が、たまたまインターネットを通じて読めるだけなのである。ここでのネットは媒体である。つまり、論文に収録誌・収録書があるという本質的な構造は今も昔も変わらないのだ。
そこで、本書ではサイニーで見つかった論文の出典の書き方を丁寧に説明したが、ネット社会が現実世界の構造を見えにくくしている例はもっとあるに違いない。


文章作成の危機

本書を書くにあたり、大学生の頃の自分がどのようにレポートを書いていたかを思い浮かべた。ネットはなくコピー&ペーストはできなかったが、図書館にある本の一部をそのまま写したことはあったろう。しかし、本を写しても、文章は段落に分け、各段落の最初は一文字下がっていたと思う。
最近驚かされているのが、改行のないレポートが多いことだ。そこで、内容のまとまりで改行するようにと伝えると、今度は、改行されていても、段落の冒頭が一文字下がっていないものが多い。一字下がっていなければ、一見して段落が分かれていないように見えてしまい、読みづらいのに変わりはない。大体、段落の最初を一字下げることなど、小学生の頃に習った常識ではないか。
なぜ改行できないのか、なぜ冒頭一字下げないのか。
学生が普段読んでいるのはネットの記事だ。それらをみると、文字と画像がデザインされて配置されているので、段落に分けなくても、視覚的に意味が取りやすくなっている。また、理由はわからないが、ネット記事の多くは、冒頭一字下がっていない。このような文章を日常的に見ていたら、段落に分けたり、冒頭一字下げたりする習慣は身につかないだろう。
さらに驚いたのが、スマホでレポートを作成する学生が多いことである。紙に打ち出した際にどのように割り付けられるのかは、印刷するまでわからないこともあるようだ。マイクロソフト社の「ワード」の時代も転換期にあるのかもしれない。そしてワープロソフトの危機は、すなわち文章作成の危機でもある。
文章は、自分の意見を整理し、他者の理解を求めるコミュニケーションの一法である。本書では、レポートの書き方として、入手した情報を整理する過程を重視した。思えば、大学生の頃の私は、図書館に何度も通うにあたり、今度は何を調べるのかという情報整理を無意識にしていたのかもしれない。すべてを手元のスマホで行う現代の学生は、情報の段階的な整理が困難になっているのではないか。大雑把に言えば、物事を俯瞰することが、スマホの登場で難しくなっているといえよう。


図書館が生き残るために

とはいえ、ネット社会は弊害ばかりではない。本書では文献探索や、史料の全文検索ができるデータベースを紹介するが、今やインターネットなしに研究は進まない。デジタルネイティブの学生たちは、データベースの存在を知れば、楽に使いこなせるし、便利な使い方も教えてくれる。
ただし、研究は情報探索スキルだけではない。見つかった情報を吟味し、調理する能力を養わねばならない。歴史でいえば史料を読解する力である。本書では、史料読解に必要な辞典として、漢和辞典、国語辞典、古語辞典、くずし字辞典などを紹介しているが、これらを使えば誰でも史料が読めるというわけではない。漢字や言葉のもつ複雑な意味、過去の用例、史料の性格などから総合的に意味を理解するには、多くの史料や論文を読まなければならない。それらは図書館を使わずには実践できないのである。
長い歴史の中で、知の体系は文献に蓄積されてきたのであり、ネットからはその僅か一部にアクセスできるにすぎない。また、従来蓄積されてこなかった不確かな情報・誤報などにもアクセスできてしまう。このことは、現代社会を生きるすべての人が改めて認識すべきである。なぜなら、世代を問わず、学校で教わったわけでもないのに、調べものはネットでするもの、という共通認識が構築されつつあるからだ。図書館や図書館をとりまく知の体系が生き残るためには、この認識を変える必要がある。
本書執筆の動機は、「本で調べる」という常識の崩壊に対する危機意識からである。この場合の「本」は図書館や個人の蔵書だけでなく、ネット上で読める本も含む。ネット社会の未来が、ウェブか紙かの議論に矮小化せず、「本」と「本」にならない情報を選別できる方法を伴うものでなければならない。図書館の存在意義が問われる時代である。

[書き手] 浜田 久美子(はまだ くみこ・大東文化大学文学部教授)
日本史を学ぶための図書館活用術: 辞典・史料・データベース / 浜田 久美子
日本史を学ぶための図書館活用術: 辞典・史料・データベース
  • 著者:浜田 久美子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(183ページ)
  • 発売日:2020-03-02
  • ISBN-10:4642083707
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本郷 2020年5月(第147号)

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