書評

『リアリティ+ 上: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦』(NHK出版)

  • 2024/01/13
リアリティ+ 上: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦 / デイヴィッド・J・チャーマーズ
リアリティ+ 上: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦
  • 著者:デイヴィッド・J・チャーマーズ
  • 翻訳:高橋 則明
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2023-03-25
  • ISBN-10:4140819367
  • ISBN-13:978-4140819364
内容紹介:
この世界は本物か? 現代の代表的哲学者によるテクノロジーと「心の哲学」探求の最先端私たちがいるこの世界は本物なのだろうか? それが「確か」だとなぜわかるのか?テクノロジーが急速な発… もっと読む
この世界は本物か? 現代の代表的哲学者によるテクノロジーと「心の哲学」探求の最先端

私たちがいるこの世界は本物なのだろうか? それが「確か」だとなぜわかるのか?
テクノロジーが急速な発展を遂げるなか、古くて新しい哲学的難問があらためて問い直されている――
現実(リアリティ)とは何か、どのようにしてそれを知ることができるのか。「シミュレーション仮説」「可能世界」「水槽の中の脳」など、さまざまな思考実験を通じ、見えてくるものとは。
現代哲学の第一人者チャーマーズが、哲学とテクノロジーを大胆に融合させ、新しい現実(リアリティ)、新しい世界観を提示する。

〈各氏絶賛!〉
虚実とテクノロジーが入り乱れ、いくつものリアリティが絡みあう世界で、私たちに必要なのは哲学だ。 ――山本貴光(文筆家・ゲーム作家)
うつし世(リアル)は夢、仮想の夢(シミュレーション)こそ真実(まこと)
――読書猿(独学者・作家)
哲学研究者・愛好家にとっても、舐読(しどく)のうえで検討されるべき「必読書」だ。
――山口尚(哲学者)
今こそ現実世界(リアリティ)を拡張する哲学の冒険に乗り出そう。
――吉川浩満(文筆家)

〈目次〉より
序章 テクノフィロソフィーの冒険
第1部 バーチャル世界に関する重要な問い
第1章 これは実在するのか?
第2章 シミュレーション説とは何か?
第2部 知識を疑う
第3章 私たちに知識はあるのか?
第4章 外部世界は本当にあるのか?
第5章 私たちはシミュレーションの中にいるのだろうか?
第3部 リアリティの定義
第6章 リアリティとは何か?
第7章 神はひとつ上の階層にいるハッカーなのか?
第8章 宇宙は情報でできているのか?
第9章 シミュレーションがビットからイット説をつくったのか?
第4部 VRテクノロジーがつくる現実世界
第10章 VRヘッドセットは現実をつくり出すのか?
第11章 VR機器は錯覚を生む機械なのか?
第12章 ARは真の実在なのか?
第13章 ディープフェイクにだまされないためには

デジタル世界が変える「現実」

リアリティという言葉は、以前からよく理解できず、どこか気に入らなかった。それがあってこの本を読んだのだが、当然ながら相変わらずわからない部分はわからないままである。

リアルという形容詞はカタカナ語としてよく使われる。現実の、とかホンモノという意味だが、それが抽象名詞になったリアリティとはなんだろう(単語が長いので、以下Rと略す)。現実は抽象ではなく、その反対ではないか。日本語で言う現実が、英語でRと抽象名詞で表現されることに、私は違和感を抱いて来たらしい。

本書はRを扱った現代の哲学書なので、伝統的で素朴な「現実」ではなく、シミュレーション(これも長いのでシムと表記する。著者もそうしている)やゲーム、VRやメタバースなども扱う。著者の本音はこうしたものすべての中身が現実だというのである。著者は本書全体を通じて、そのことを論理的に詰めようとする。

現実とはなにかは、古くから議論されてきたが、私が育ってくる頃に一番普通だった古典的な見解は、唯一客観的な現実が存在するという、素朴実在論と呼ばれるもので、とくに科学者はこうした考え方を暗黙に採っていたと思う。それが具体的に危うくなってきたのは、コンピューターの時代になってきたからであろう。そこでは仮想現実や拡張現実、VRやARという言葉が普通に使われる。

私自身も現実とはなにかを考えた時期があり、その時は、その人を動かすものが、その時のその人にとっての現実だ、という結論になった。それを含めてわが国での最近の議論は藤井直敬『現実とは?』(ハヤカワ新書)という対談集に詳しい。脳は日常的に絶えず触れているものを現実と見なす傾向を持っている。私はそう思う。だから数学者は数の世界を現実だと思っているし、お金のことに集中している人はお金を現実だと信じているのである。

そこから考えれば、『リアリティ+』の著者がコンピューターで創りだされる世界を現実だと信じるのは無理もない。いまでは小学校からデジタルの世界に入る子どもたちが、育ってからデジタルの世界を「現実」と信じるようになるのは当然の傾向であろう。

したがって本書はいわば未来の現実を予言しているともいえよう。著者は現在の段階でヴァーチャル、あるいはシムと見なされている世界を現実だと証明しようと努力しているのだが、デジタル世界がもっと普及すれば、著者の言うような「現実」に対する考え方はひとりでに一般化するに違いない。

本書の後半(下巻)の部分で、著者は意識の問題に触れている。この問題では著者の初期の著作の時代から目だった進展はない。

 読了して思う。全体像をここまでまとめて論じるのは、恐るべき体力だなあ。もう一つ、文化的な差というのは動かしがたい、ということである。著者は万物流転という言葉を引用してはいるが、本当には深く感じてはいないのであろうと思われる。

なぜなら哲学は言葉を使うので、言葉はその中に時間や動きを含まない。映画ならコマ送りになる。現実を言語という「静的」な手段で叙述しようとすると、現実が停止してしまう。私はそういう印象を受けた。

【下巻】
リアリティ+ 下: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦 / デイヴィッド・J・チャーマーズ
リアリティ+ 下: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦
  • 著者:デイヴィッド・J・チャーマーズ
  • 翻訳:高橋 則明
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2023-03-25
  • ISBN-10:4140819375
  • ISBN-13:978-4140819371
内容紹介:
VRは〝真の実在〞なのか? さまざまな思考実験をもとに新たな「現実」に迫る!はたして私たちは自分がいまシミュレーションの世界の中にいる可能性を排除できるだろうか。すなわち例えば、『マ… もっと読む
VRは〝真の実在〞なのか? さまざまな思考実験をもとに新たな「現実」に迫る!

はたして私たちは自分がいまシミュレーションの世界の中にいる可能性を排除できるだろうか。すなわち例えば、『マトリックス』のネオのように、自分では気づかずに機械の生み出す仮想の世界を生きている、という可能性を排除できるだろうか。そして、もしそれができなければ、いかにして私たちは自分がいま生きている世界が偽りのバーチャル世界でないことを確かめられるのだろうか。これが本書で取り組まれる中心的な問題である。チャーマーズはこれにさまざまな角度からアプローチするのだが、彼は究極的には《私たちは自分がシミュレーションの世界を生きている可能性を排除できない》という点を認める。
――山口尚 本書「解説」より

〈目次より〉
第5部 心と意識の問題
第14章 バーチャル世界で、心と体はどう相互作用するか?
第15章 デジタル世界に意識は存在しうるか?
第16章 ARは心を拡張するのか?
第6部 倫理と価値の転換
第17章 バーチャル世界で良き生を送ることができるのか?
第18章 シミュレートされた命は重要か?
第19章 バーチャル社会をどのようにつくるべきか?
第7部 シミュレーションの中の真実
第20章 バーチャル世界で私たちの言葉はどういう意味を持つか?
第21章 塵の雲はコンピュータプログラムで動いているのか?
第22章 実在は数学的構造なのか?
第23章 私たちはエデンの園から追放されたのか?
第24章 私たちは夢の世界のボルツマン脳なのか?

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リアリティ+ 上: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦 / デイヴィッド・J・チャーマーズ
リアリティ+ 上: バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦
  • 著者:デイヴィッド・J・チャーマーズ
  • 翻訳:高橋 則明
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2023-03-25
  • ISBN-10:4140819367
  • ISBN-13:978-4140819364
内容紹介:
この世界は本物か? 現代の代表的哲学者によるテクノロジーと「心の哲学」探求の最先端私たちがいるこの世界は本物なのだろうか? それが「確か」だとなぜわかるのか?テクノロジーが急速な発… もっと読む
この世界は本物か? 現代の代表的哲学者によるテクノロジーと「心の哲学」探求の最先端

私たちがいるこの世界は本物なのだろうか? それが「確か」だとなぜわかるのか?
テクノロジーが急速な発展を遂げるなか、古くて新しい哲学的難問があらためて問い直されている――
現実(リアリティ)とは何か、どのようにしてそれを知ることができるのか。「シミュレーション仮説」「可能世界」「水槽の中の脳」など、さまざまな思考実験を通じ、見えてくるものとは。
現代哲学の第一人者チャーマーズが、哲学とテクノロジーを大胆に融合させ、新しい現実(リアリティ)、新しい世界観を提示する。

〈各氏絶賛!〉
虚実とテクノロジーが入り乱れ、いくつものリアリティが絡みあう世界で、私たちに必要なのは哲学だ。 ――山本貴光(文筆家・ゲーム作家)
うつし世(リアル)は夢、仮想の夢(シミュレーション)こそ真実(まこと)
――読書猿(独学者・作家)
哲学研究者・愛好家にとっても、舐読(しどく)のうえで検討されるべき「必読書」だ。
――山口尚(哲学者)
今こそ現実世界(リアリティ)を拡張する哲学の冒険に乗り出そう。
――吉川浩満(文筆家)

〈目次〉より
序章 テクノフィロソフィーの冒険
第1部 バーチャル世界に関する重要な問い
第1章 これは実在するのか?
第2章 シミュレーション説とは何か?
第2部 知識を疑う
第3章 私たちに知識はあるのか?
第4章 外部世界は本当にあるのか?
第5章 私たちはシミュレーションの中にいるのだろうか?
第3部 リアリティの定義
第6章 リアリティとは何か?
第7章 神はひとつ上の階層にいるハッカーなのか?
第8章 宇宙は情報でできているのか?
第9章 シミュレーションがビットからイット説をつくったのか?
第4部 VRテクノロジーがつくる現実世界
第10章 VRヘッドセットは現実をつくり出すのか?
第11章 VR機器は錯覚を生む機械なのか?
第12章 ARは真の実在なのか?
第13章 ディープフェイクにだまされないためには

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年7月8日

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