書評
『gift』(集英社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
妖精の足跡を採集し、その存在を確かめるためにビデオを回す〈ぼく〉。映画の撮影に使われたらしい廃屋で餓死を試みる〈あたし〉。超天才ベイビー〈オトヤ君〉の苦悩の記憶。〈低い者〉たちにつけ狙われる十三歳の〈わたし〉。自分の中の少女に目覚めて踊る〈不定冠詞のガール〉。車の後部トランクに次々と人が入っていく様を目撃してしまう〈彼〉。猫世界の夢を見る食い道楽の〈ぼく〉などなど。ワンアイディアものから、膨らませればすごく面白い長篇小説になりそうなものまで、古川日出男の物語力と多彩な文体が十九パターンも味わえる、薄いくせして太っ腹な本なのだ。
とりわけ素晴らしいのが、象やら熊やらトナカイやらオカピーやらの仮面をつけた中学生のアニマルメンが、郵便ポストを青く塗り直すために自転車で真夜中の町を疾走する「鳥男の恐怖」と、軍用のランドローバーに仔犬たちと“あるもの”を乗せた若い女が、戦時下の砂漠地帯のボーダーを越える様を描いた「天使編」。ここを端緒にぜひ、長篇にふくらませていただきたいっ! それほどの傑作掌篇なのである。
時に考えることが面倒になって、さまざまな事物を類型化してしまいがちなのがわたしたち人間だったりするわけだけれど、この掌篇集は世界が多様であり、生きとし生ける者すべてがその人だけの物語を背負っていて、その物語たちは誰かに読んでもらえる時をひっそりと待っており、世界はそんな小さいけれど類型化を拒む物語で成り立っていることを示してやまない。これは物語を愛するすべての人への”贈り物”であり、この広くてバラエティに富んだ世界への”捧げ物”なのだ。古川日出男はやっぱり素晴らしい!
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
この超カッコイイ作家のすべてのスキルを味わうことのできる賛沢
ニューロティック(神経症的)なボーイ・ミーツ・ガール譚『アビシニアン』(角川文庫)。音楽そのものを描こうという大胆果敢な試みに挑んだ『沈黙』(角川文庫)。物語の中に物語の中に物語……合わせ鏡に現れる無限階段のような構造を取った『アラビアの夜の種族』(角川文庫)。近未来の東京を舞台に、世界と戦う少年少女&カラスの活躍を描いた二十一世紀のコインロッカー・ベイビーズ『サウンドトラック』(集英社文庫)。デビュー以来、数々の傑作を発表し続けている古川日出男という作家を、わたしは買いまくりまくっている。ミステリー、SF、純文学といったジャンルの壁をいとも簡単に突き破り、スリップストリームというもっとも愉快でもっとも困難な道を疾走。そんな超カッコイイ作家の、すべてのスキルを味わうことのできる贅沢な掌篇集が、この『gift』なのだ。妖精の足跡を採集し、その存在を確かめるためにビデオを回す〈ぼく〉。映画の撮影に使われたらしい廃屋で餓死を試みる〈あたし〉。超天才ベイビー〈オトヤ君〉の苦悩の記憶。〈低い者〉たちにつけ狙われる十三歳の〈わたし〉。自分の中の少女に目覚めて踊る〈不定冠詞のガール〉。車の後部トランクに次々と人が入っていく様を目撃してしまう〈彼〉。猫世界の夢を見る食い道楽の〈ぼく〉などなど。ワンアイディアものから、膨らませればすごく面白い長篇小説になりそうなものまで、古川日出男の物語力と多彩な文体が十九パターンも味わえる、薄いくせして太っ腹な本なのだ。
とりわけ素晴らしいのが、象やら熊やらトナカイやらオカピーやらの仮面をつけた中学生のアニマルメンが、郵便ポストを青く塗り直すために自転車で真夜中の町を疾走する「鳥男の恐怖」と、軍用のランドローバーに仔犬たちと“あるもの”を乗せた若い女が、戦時下の砂漠地帯のボーダーを越える様を描いた「天使編」。ここを端緒にぜひ、長篇にふくらませていただきたいっ! それほどの傑作掌篇なのである。
時に考えることが面倒になって、さまざまな事物を類型化してしまいがちなのがわたしたち人間だったりするわけだけれど、この掌篇集は世界が多様であり、生きとし生ける者すべてがその人だけの物語を背負っていて、その物語たちは誰かに読んでもらえる時をひっそりと待っており、世界はそんな小さいけれど類型化を拒む物語で成り立っていることを示してやまない。これは物語を愛するすべての人への”贈り物”であり、この広くてバラエティに富んだ世界への”捧げ物”なのだ。古川日出男はやっぱり素晴らしい!
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