書評
『夜明け遠き街よ』(東京創元社)
バブルのススキノ、精細に描写
高城高は、1990年代半ばに死去した大藪春彦とともに、日本のハードボイルド小説の始祖、と認められている。もっとも、大藪と違って高城は大学卒業後新聞社に就職し、十分な創作活動ができなかった。そのため、休筆期間がずいぶん長く、執筆を再開したのはようやく、2007年になってからのことだ。とはいえ、長年のブランクを感じさせぬ円熟した小説世界は、昨今の作家にない独特の厚みを持つ。当然のように、伝統的なハードボイルド小説のファンは、諸手(もろて)を上げてそのカムバックを歓迎した。
本書は、バブル期の札幌ススキノを舞台に、いわゆる黒服の世界をヴィヴィッドに描いた、ヌーヴェル・ノワールである。キャバレー〈ニュータイガー〉の副支配人、黒頭悠介(くろずゆうすけ)を主人公に、札びらの飛び交うススキノの夜の世界を描いて、間然するところがない。時代考証、風俗考証ともに行き届いたもので、ススキノに詳しくない読者でも、この街のたたずまいを生きいきと、感じとることができるだろう。
緩やかな連関を持つ連作短編集で、一つひとつのエピソードに工夫があり、それが全体としてススキノを浮かび上がらせる、凝った構成になっている。登場人物の風貌(ふうぼう)や服装、表情の動きなどを精細に描写し、それによってその人物の性格、心理を描き出す手法は、ハードボイルド小説の古典的なわざだ。
黒頭は、決して無敵のヒーローではないが、どんな修羅場でも節を曲げない。その人物造型は、ハメットが創り出したネド・ボーモンを、彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。ことに第5話『マンション・コレクター』で、黒頭がやくざにさんざんにぶちのめされるシーンは、1ページにも満たない長さだが、簡潔にして緊張感にあふれた、秀逸な場面だ。
おとなの小説をお望みならば、ぜひ高城作品の小説世界に、ひたっていただきたい。
朝日新聞 2012年10月14日
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