書評

『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)

  • 2017/09/09
反転―闇社会の守護神と呼ばれて / 田中 森一
反転―闇社会の守護神と呼ばれて
  • 著者:田中 森一
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:文庫(574ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4344411528
  • ISBN-13:978-4344411524
内容紹介:
数々の事件を手掛けた伝説の特捜エース検事は、なぜ闇社会の代理人となったのか。極貧の幼少時代から、弁護士転身後に親交を深めた安倍晋太郎ら政治家との秘話、裏社会に広がる黒い人脈、七億円のヘリコプターや豪華マンションを棟ごと購入したバブル時代の享楽まで赤裸々に告白。石橋産業事件で許永中とともに、現在服役中の男の衝撃的な自叙伝。

日本版の実録《人間喜劇》

バルザックの描くような濃密で人間臭い話って日本にも本当にあるんだ! すでにベストセラーの仲間入りをしている本書の読後感はこれだった。実際、キャラクターも物語構造も、《人間喜劇》のそれと実によく似ている。

第一に、「泥(ドロ)・警(ケー)」的な「立場の逆転」の面白さ。《人間喜劇》の闇の帝王ヴォートランは保護していたリュシアンの自害を機に闇世界から足を洗い、パリ警視庁の特捜部長に転身し、蛇の道はヘビの伝で犯罪社会の最大の敵対者となる。一方、地検特捜部の敏腕検事として鳴らした著者は平和相互銀行不正融資事件を始めとする疑獄事件が次々と上層部の指示で曖昧(あいまい)決着されたのに嫌気がさし、検事を辞職し大阪で一九八八年に弁護士事務所を開業する。

「この事務所開きで驚いたのは、祝儀の総額が六〇〇〇万円ほどになったことだ。しかも、なかには一〇〇〇万円の祝儀を持ってきてくれた人が三人もいた」。著者はこの祝儀を前にして、生の経済の実態を思い知らされ、こう推測する。「そこにこれだけの大金を積む思惑があるとすれば、特捜検事として多少有名だった田中とつながりをつけておく、という目的だろう」。顧問料だけで月額一〇〇〇万円以上。まさに「ヤメ検最強説」を裏打ちするエピソードである。折りからのバブル景気に後押しされ、著者は「闇社会の守護神」へと変身を遂げていく。ちなみに、著者が顧問弁護士となったり、親しく付き合った人物がカバー折り返しに列挙されているが、まさに壮観というほかない。いわく山口組五代目組長渡辺芳則、山口組若頭宅見勝、「光進」代表小谷光浩、「イトマン」元常務・伊藤寿永光(すえみつ)、誠備グループ総帥・加藤暠(あきら)、地上げの帝王・末野謙一、五えんやグループ代表・中岡信栄、それに石橋産業手形詐欺事件でともに逮捕された許永中などなど、賑(にぎ)やかすぎる顔触れである。

第二の類似は、主人公が手形詐欺などの調査をしていくうちに政財界を巻き込む疑獄事件に発展しそうになるが、そのとき「天の声」が検察の上層部から下されて、末端犯のみの逮捕という灰色決着で幕引きとなることか。「この国はエスタブリッシュメントとアウトローの双方が見えない部分で絡み合い、動いている。彼らはどこか似ている」。《人間喜劇》なら、さしずめ著者はあらゆる悪徳の溝浚(どぶさら)い人となる代訴人デルヴィルに相当するが、では天の声の伝達者・グランヴィル主席検事はだれで、「天の声」の発声者はだれなのか?

第三は、いったん「天の声」が決定し、「犯罪」の構図と筋書きが決まってしまった以上、どんな人間も、たとえ法律に精通した元検事であろうとも、このアリ地獄から逃れる術はないという点。これは『暗黒事件』の教訓そのものではないか? 「刑事事件に関して日本一詳しいのは俺なのに、そううぬぼれていたから、余計に混乱した。逮捕理由は何か、とにかく心当たりがない」

そして、最後の決定的同一性。それは、大物の悪党には強烈な人間的魅力があり、それに魅せられたものは地獄まで行くしかないということである。著者はイトマン事件・石橋産業事件の許永中にほとんど愛情に近い友情を感じ、この地獄行に同行してしまう。著者は最後に自問する。

「田中森一はあれだけ親密にしていた永中を裏切った」

世間からそう言われるのが嫌だった。彼からもそう思われるのが我慢ならなかった。それは、私の弱さでもあり、限界なのだろう。

日本版・実録《人間喜劇》である。
反転―闇社会の守護神と呼ばれて / 田中 森一
反転―闇社会の守護神と呼ばれて
  • 著者:田中 森一
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:文庫(574ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4344411528
  • ISBN-13:978-4344411524
内容紹介:
数々の事件を手掛けた伝説の特捜エース検事は、なぜ闇社会の代理人となったのか。極貧の幼少時代から、弁護士転身後に親交を深めた安倍晋太郎ら政治家との秘話、裏社会に広がる黒い人脈、七億円のヘリコプターや豪華マンションを棟ごと購入したバブル時代の享楽まで赤裸々に告白。石橋産業事件で許永中とともに、現在服役中の男の衝撃的な自叙伝。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2007年11月04日

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