書評
『凸凹サバンナ』(講談社)
法律事務所の下町人情ドラマ
玖村まゆみは、先般紹介した川瀬七緒とともに、昨年度江戸川乱歩賞を受賞したが、これはその受賞後第一作。主人公の法律事務所長、田中貞夫が法律相談に訪れる人びとの抱える悩みを、一緒に考えながら解決の道を探るという、いわば下町風の人情ドラマである。一応仕立ては長編小説だが、章ごとに独立した短編としても、読むことができる。
持ち込まれるトラブルも、それを持ち込む相談者も、どちらも一筋縄ではいかない。ボニータと名付けたブタに、異常な愛情を注ぐ男の、離婚問題。芸能界のオーディションを受けるために、母親を説得してほしいと頼んでくる、小学生。世話をした元教授の研究資料を、根こそぎ取り上げようとする大学と、一戦交える便利屋夫婦。隣同士で、土地の境界線を巡って争う、主婦と老人などなど。田中は、普通の弁護士が敬遠する、いわば雑用に近いトラブルを積極的に引き受け、誠実かつ几帳面(きちょうめん)に対応していく。
田中には、ぐうたらのわけありげな兄がいて、過去に暗い影を落としていることが、ほのめかされる。それがこの作品の、ほとんど唯一のミステリー的な要素だから、乱歩賞受賞者という肩書をあてにすると、肩透かしを食うかもしれない。とはいえ、数多い登場人物のキャラクターを、手際よく描き分けるわざはなかなかのもので、その弱点を十分に補っている。
事務所を用意してくれた、ヤクザまがいのキャバクラ経営者、原口。田中が、事務所で飼うはめになった、ブタのボニータ。この、一人と一匹が狂言回しになって、物語を巧みに転がしていく。ことに原口の人物造形は、しぐさや会話に精彩があって、楽しめる。最後に明かされる、田中の秘密にさしたる新味はないが、読後感はすこぶるよい。 久しぶりに、ペーソスという言葉を思い出させる、さわやかな小説だ。
朝日新聞 2012年11月11日
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