書評
『天魔ゆく空』(講談社)
戦国時代の隠れた一面を照射
江戸川乱歩賞作家の手になる、戦国時代小説の第二弾である。江戸時代に比べて、この時代は信頼すべき文献史料が少なく、考証的にもめんどうといわれるが、常に未開の土地の開墾に挑戦する、著者らしい選択といえよう。本書の主人公細川政元は、応仁の乱で東軍の総帥を務めた細川勝元の息子である。織田信長に先駆ける、変わり者の武将だった、と伝えられる政元の、聡明丸(そうめいまる)と呼ばれた子供のころから、家臣によって暗殺されるまでの41年の生涯が、独自の手法と語り口で、淡々とつづられる。
著者は、政元自身の視点をあえて排除し、政元に関わる人びとの目を通して、上下左右さまざまな角度から、その人物像を浮かび上がらせるという、凝った手法を採った。
政元の後見役を務める、分家・典厩(てんきゅう)家の当主、細川政国。腹違いの姉で、政元がひそかに思慕する安喜こと尼僧の洞勝(とうしょう)。政元の重臣、香西元長と安富元家。将軍足利義政の妻で、裏で隠然たる権力を振るう日野富子。そうした人びとの視点から、政元の茫洋(ぼうよう)かつ超然とした人物像が、印象的に描き出される。
修験道に凝り、生涯、妻を持たなかった政元の生き方は、表面的には勝手気ままと受け取られよう。政元が何を考えているのか、読者にも分からない。そこから、いかなる人物像を思い描くかは、読者の判断と解釈にゆだねられる、といった風情である。
政元は、決して表舞台に立とうとせず、つねに冷静に人の器量を評価し、それによって人を自在に動かす。その本領は、足利将軍の首をすげ替える、というところにまで及ぶ。著者の本意は、戦国活劇を書くことにはなかっただろう。政元という多分に奇矯な人物を核にして、戦国時代の隠れた一面を照射するのが、真の狙いと思われる。
そこには、今の政局の混乱に通じるものもあって、終始興味深く読まされた。
朝日新聞 2011年5月15日
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