書評

『本と歩く人』(白水社)

  • 2025/10/24
本と歩く人 / カルステン・ヘン
本と歩く人
  • 著者:カルステン・ヘン
  • 翻訳:川東 雅樹
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2025-05-30
  • ISBN-10:4560091722
  • ISBN-13:978-4560091722
内容紹介:
老書店員と少女が織りなす現代のメルヒェン本を愛し、書物とともにあることが生きがいの孤独な老書店員が、利発でこましゃくれた九歳の少女と出会い、みずからの閉ざされた世界を破られ、現… もっと読む
老書店員と少女が織りなす現代のメルヒェン

本を愛し、書物とともにあることが生きがいの孤独な老書店員が、利発でこましゃくれた九歳の少女と出会い、みずからの閉ざされた世界を破られ、現実世界との新たな接点を取り戻していく物語。
老舗の書店〈市壁門堂〉に勤めるカール・コルホフは、特定の顧客にそれぞれの嗜好を熟知したうえで毎晩徒歩で注文の本を届け、感謝されている。カールは顧客たちをひそかに本の世界の住人の名前(ミスター・ダーシー、エフィ・ブリースト、?靴下夫人、朗読者、ファウスト博士など)で呼び、自らの暮らす旧市街を本の世界に見立て、そこで自足している。
ある日突然、シャシャと名乗る女の子がカールの前に現れる。ひょんなことからカールの本の配達に同行するようになり、顧客たちの生活に立ち入り、カールと客との関係をかき乱していく……
歩いて本を配達するふたりの珍道中と、曲者揃いの客たちとの交流、そして思いがけない結末を迎えた後はほのぼのとした読後感に包まれる。読書と文学へのオマージュといえる、いわば現代のメルヒェンのような作品。
二〇二〇年の刊行後、ドイツで一年以上にわたりベストセラーの上位を占め、六十万部を記録した。現在、三十五か国で翻訳されている。

絵空事ではない奇跡

昔ながらの「紙の」書物復権!というテーマをつづる読書愛小説は、それこそ山ほどある。そして本書の概要説明を見る限り、正直、それらのワンオブゼムという印象を一歩も出ない。

だが、読むと違う。全然違う。これはまずい。環境とプレゼン面で本書は大きな損をしている。とはいえ白水社が怠慢という話ではない。売り込み方にあきらかなミスがあるわけでもない。本書があまりに規格外かつ説明困難な良書であること、ただそれだけが問題なのだ。

不器用で偏屈、だが真の書物伝導師であり、「本のソムリエ」的な書店員として長年活動してきた老主人公が、商業文化の合理化によって活動の場を追い出され、観念的な死を迎えようとする。が、不思議な少女によって起動するミラクルによって救われる……というのが、本書についてのネタバレあり系の紹介内容になるだろう。

だが実際には違うのだ。心身ストレスの波状攻撃により、物語終盤、老主人公は不可逆的に壊されてしまう。ミラクル少女による聖なる介入がありながら、彼の失ったものが正当な形で十全に回復することは永遠にない。結末で最後に彼に与えられるのは、壊れた体をひきずりながら、どれくらいあるかわからない人生のロスタイムに向けて出陣するチャンスだけなのだ。

なんというアンチ勧善懲悪感!

だがそれがいい。完膚なきまでに打ちのめされるほどにいい。絵空事でない奇跡とはおそらくこういうもので、たぶん何らかの形でそれは実在する!と無神論者の私でさえ電撃的に感じてしまう「ミラクル」が本書には満ちている。ぜひ何も考えず、先入観なしに本書を手に取ってみてほしい。根本的には読書人向けの内容だが、そうでない読者にも濃厚に伝わるサムシングがあるはずだ。

ある意味、この物語は『魔法少女まどか☆マギカ』同様、大変な労力と苦闘の末、主人公が報われたか否かとは無関係に「世の中がちょっとマシになる」点を重視すべき話なのかもしれない。実に考えさせられる。
本と歩く人 / カルステン・ヘン
本と歩く人
  • 著者:カルステン・ヘン
  • 翻訳:川東 雅樹
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2025-05-30
  • ISBN-10:4560091722
  • ISBN-13:978-4560091722
内容紹介:
老書店員と少女が織りなす現代のメルヒェン本を愛し、書物とともにあることが生きがいの孤独な老書店員が、利発でこましゃくれた九歳の少女と出会い、みずからの閉ざされた世界を破られ、現… もっと読む
老書店員と少女が織りなす現代のメルヒェン

本を愛し、書物とともにあることが生きがいの孤独な老書店員が、利発でこましゃくれた九歳の少女と出会い、みずからの閉ざされた世界を破られ、現実世界との新たな接点を取り戻していく物語。
老舗の書店〈市壁門堂〉に勤めるカール・コルホフは、特定の顧客にそれぞれの嗜好を熟知したうえで毎晩徒歩で注文の本を届け、感謝されている。カールは顧客たちをひそかに本の世界の住人の名前(ミスター・ダーシー、エフィ・ブリースト、?靴下夫人、朗読者、ファウスト博士など)で呼び、自らの暮らす旧市街を本の世界に見立て、そこで自足している。
ある日突然、シャシャと名乗る女の子がカールの前に現れる。ひょんなことからカールの本の配達に同行するようになり、顧客たちの生活に立ち入り、カールと客との関係をかき乱していく……
歩いて本を配達するふたりの珍道中と、曲者揃いの客たちとの交流、そして思いがけない結末を迎えた後はほのぼのとした読後感に包まれる。読書と文学へのオマージュといえる、いわば現代のメルヒェンのような作品。
二〇二〇年の刊行後、ドイツで一年以上にわたりベストセラーの上位を占め、六十万部を記録した。現在、三十五か国で翻訳されている。

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初出メディア

しんぶん赤旗

しんぶん赤旗 2025年8月24日

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