書評
『本と歩く人』(白水社)
絵空事ではない奇跡
昔ながらの「紙の」書物復権!というテーマをつづる読書愛小説は、それこそ山ほどある。そして本書の概要説明を見る限り、正直、それらのワンオブゼムという印象を一歩も出ない。だが、読むと違う。全然違う。これはまずい。環境とプレゼン面で本書は大きな損をしている。とはいえ白水社が怠慢という話ではない。売り込み方にあきらかなミスがあるわけでもない。本書があまりに規格外かつ説明困難な良書であること、ただそれだけが問題なのだ。
不器用で偏屈、だが真の書物伝導師であり、「本のソムリエ」的な書店員として長年活動してきた老主人公が、商業文化の合理化によって活動の場を追い出され、観念的な死を迎えようとする。が、不思議な少女によって起動するミラクルによって救われる……というのが、本書についてのネタバレあり系の紹介内容になるだろう。
だが実際には違うのだ。心身ストレスの波状攻撃により、物語終盤、老主人公は不可逆的に壊されてしまう。ミラクル少女による聖なる介入がありながら、彼の失ったものが正当な形で十全に回復することは永遠にない。結末で最後に彼に与えられるのは、壊れた体をひきずりながら、どれくらいあるかわからない人生のロスタイムに向けて出陣するチャンスだけなのだ。
なんというアンチ勧善懲悪感!
だがそれがいい。完膚なきまでに打ちのめされるほどにいい。絵空事でない奇跡とはおそらくこういうもので、たぶん何らかの形でそれは実在する!と無神論者の私でさえ電撃的に感じてしまう「ミラクル」が本書には満ちている。ぜひ何も考えず、先入観なしに本書を手に取ってみてほしい。根本的には読書人向けの内容だが、そうでない読者にも濃厚に伝わるサムシングがあるはずだ。
ある意味、この物語は『魔法少女まどか☆マギカ』同様、大変な労力と苦闘の末、主人公が報われたか否かとは無関係に「世の中がちょっとマシになる」点を重視すべき話なのかもしれない。実に考えさせられる。
初出メディア

しんぶん赤旗 2025年8月24日
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