書評
『追伸』(文藝春秋)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
仕事でギリシャにいる悟に届いた、妻・奈美子からの離婚を願う一通の手紙と悟の返信から始まるこの小説は、書簡体小説のスタイルを取っています。一度は海外赴任への同行を決意したのに、ギリシャ行きの直前自動車事故に遭い、そのまま日本に残ったまま離婚を決意する奈美子。妻の本心がわからず困惑し、翻意を迫る悟。第一部は何かを隠している奈美子と、そんな妻に苛立ちながらも十歳年上の男の包容力を示す悟の手紙のやり取りで進行していきます。その中で五十年近く前、殺人容疑で逮捕されたことがあるらしい奈美子の祖母の存在が少しずつ明らかになっていき、第二部はその祖母・春子が獄中から送った夫・誠治への謝罪と別れを記した手紙と、妻を信じ支えていく決意を切々と綴った誠治の手紙のやり取りで展開。春子は本当に人を殺めたのか。殺めていないなら、なぜ無罪を主張しないのかというミステリー的趣向もはらみながら、春子の素性や誠治との出会いと結婚の経緯が描かれていきます。
で、作者は奈美子に祖母と自分の〈状況はいくらか違っていても、わたしには恐ろしいまでに似通っているように見えたのでした〉と言わせることで、この小説の時空を超えた二組のカップルの像を重ねるという構造を明らかにするんですけど、二人に起こった出来事が〈恐ろしいまでに似通っている〉とはまったく思えないのが難。奈美子が送ってくれた春子&誠治の往復書簡コピーを読んでの〈それに比べて、僕らがこの数ヶ月でやり取りした手紙の軽さは何なのでしょうか〉という悟の感想が、わたしには真保さんの言い訳のようにしか読めないんです。あと、辞書を引き引きでないと手紙が書けないという設定の春子の文章が達者すぎなのも興醒め。これがもつとリアルにたどたどしい文体だったら感動はいや増したと思うんですけど。
男女の機微、戦中戦後あたりの時代設定、美しい女の哀しみとそれを酌み取るフェミニスト的視点、男の弱さと強さ。これは過去の直木賞の傾向と対策を考慮して書かれたような一作なんですの。真保さんの代表作のひとつ『奪取』(講談社文庫)みたいな痛快犯罪小説には滅多に授与しない賞ですから、狙って獲ろうとしたらこういうしっとりした小説を書くしかないんだとしても……。大きなお世話でしょうけど、わたし、この路線は真保さんに向いてないと思います。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
大きなお世話でしょうけど、この路線は向いてないのでは?
『ボーダーライン』(集英社文庫)、『ストロボ』(新潮文庫)、『黄金の島』(講談社文庫)、『繋がれた明日』(新潮文庫)とこれまで四回直木賞候補に挙げられては落とされてきた真保裕一の、あからさまな受賞狙い作品が『追伸』です。仕事でギリシャにいる悟に届いた、妻・奈美子からの離婚を願う一通の手紙と悟の返信から始まるこの小説は、書簡体小説のスタイルを取っています。一度は海外赴任への同行を決意したのに、ギリシャ行きの直前自動車事故に遭い、そのまま日本に残ったまま離婚を決意する奈美子。妻の本心がわからず困惑し、翻意を迫る悟。第一部は何かを隠している奈美子と、そんな妻に苛立ちながらも十歳年上の男の包容力を示す悟の手紙のやり取りで進行していきます。その中で五十年近く前、殺人容疑で逮捕されたことがあるらしい奈美子の祖母の存在が少しずつ明らかになっていき、第二部はその祖母・春子が獄中から送った夫・誠治への謝罪と別れを記した手紙と、妻を信じ支えていく決意を切々と綴った誠治の手紙のやり取りで展開。春子は本当に人を殺めたのか。殺めていないなら、なぜ無罪を主張しないのかというミステリー的趣向もはらみながら、春子の素性や誠治との出会いと結婚の経緯が描かれていきます。
で、作者は奈美子に祖母と自分の〈状況はいくらか違っていても、わたしには恐ろしいまでに似通っているように見えたのでした〉と言わせることで、この小説の時空を超えた二組のカップルの像を重ねるという構造を明らかにするんですけど、二人に起こった出来事が〈恐ろしいまでに似通っている〉とはまったく思えないのが難。奈美子が送ってくれた春子&誠治の往復書簡コピーを読んでの〈それに比べて、僕らがこの数ヶ月でやり取りした手紙の軽さは何なのでしょうか〉という悟の感想が、わたしには真保さんの言い訳のようにしか読めないんです。あと、辞書を引き引きでないと手紙が書けないという設定の春子の文章が達者すぎなのも興醒め。これがもつとリアルにたどたどしい文体だったら感動はいや増したと思うんですけど。
男女の機微、戦中戦後あたりの時代設定、美しい女の哀しみとそれを酌み取るフェミニスト的視点、男の弱さと強さ。これは過去の直木賞の傾向と対策を考慮して書かれたような一作なんですの。真保さんの代表作のひとつ『奪取』(講談社文庫)みたいな痛快犯罪小説には滅多に授与しない賞ですから、狙って獲ろうとしたらこういうしっとりした小説を書くしかないんだとしても……。大きなお世話でしょうけど、わたし、この路線は真保さんに向いてないと思います。
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