書評

『復讐法廷』(文藝春秋)

  • 2017/10/19
復讐法廷 / ヘンリー・デンカー
復讐法廷
  • 著者:ヘンリー・デンカー
  • 翻訳:中野 圭二
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(350ページ)
  • 発売日:1984-09-00
  • ISBN-10:4167275198
  • ISBN-13:978-4167275198
内容紹介:
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しか… もっと読む
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しかし、信念に燃える少壮の弁護士ゴードンはこの父親を救うべく勝ち目のない裁判に挑む!規範と同情の狭間で葛藤する陪審員たちは、いかなる決断を下すのか。法と正義の相克を鋭く描き切ったリーガル・サスペンスの先駆的傑作。
これは近ごろ出色の法廷小説である。今まで文春文庫に収められた海外エンタテインメントの中でも、ベスト3にはいる作品であることは間違いない。この作家は二年ほど前、『女医スコフィールドの診断』の翻訳が出て注目された人だが、重厚さと適度の通俗性を合わせもった第一級のストーリーテラーである。

若い女性を強姦し、殺害した黒人が一人の老人に射殺される。老人は殺された娘の父親だった、その黒人は、一度は強姦殺人罪で逮捕されながら、警察官の逮捕、取り調べの手続きに違法があったとして裁判官の裁定で不起訴処分となり、釈放されていたのだ。父親は娘の仇をうつため、何もしてくれぬ裁判所に代わって犯人を射殺したのであるが、同時に法の不合理を世論に訴えようとただちに自首し、有罪を覚悟で法廷に戦いを挑む。ところが父親の犯した罪は第二級謀殺という重罪に当たり、動機は問題とされずに殺す意思があったかどうかが最大のポイントとなることから、法律的にはなはだ絶望的な状況に追い込まれる。

物語は、主人公である売れない青年弁護士が老人の無罪を勝ちとるため、徒手空拳で法の厚い壁に立ち向かう姿を描いていく。このあたりは法廷物によくあるパターンといえばいえるが、本書は違法収集証拠排除法則の内包する矛盾に挑戦するという、意欲的なモチーフを含んでいるのである。明らかに有罪を示す証拠が揃っており、しかも犯行を自白までしている強姦殺人犯が、いかに手続きに違反があったとはいえ、堂々と釈放されるというのは日本人の感覚ではほとんど考えられないことだ。しかしアメリカの法は確かにそう規定しているのであり、作者はそれに対して警鐘を鳴らすためにこの作品を書いたとさえ思える。といってもこれは決して法律論ばかり出てくる堅苦しい小説ではない。的確な性格描写と劇的なドラマ展開を備えた、恋あり友情ありの良質なエンタテインメントなのである。

田中裁判を例にとるまでもなく、法律論争はわれわれにとってかならずしも疎遠な話題ではない。アメリカと日本では法体系も裁判制度も違うが、ここに盛り込まれたテーマには対岸の火事視できないものがある。少なくともこの作品にはそう思わせる何かがあるといってよい。

今はやりの冒険小説やハードロマンとやらに比べれば地味かもしれないが、こういう作品にこそ小説の醍醐味があることを指摘しておきたい。派手なアクションもあっといわせるどんでん返しもないが、大人の小説とはこういうものだという良い見本がここにある。法律に詳しくない人、裁判にあまり関心のない人でも間違いなく楽しめる。これほどの作品が読めるなら、文庫本もまだ捨てたものではない。

【新版】
復讐法廷  / ヘンリー・デンカー
復讐法廷
  • 著者:ヘンリー・デンカー
  • 翻訳:中野 圭二
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(437ページ)
  • 発売日:2009-09-10
  • ISBN-10:4151784012
  • ISBN-13:978-4151784019
内容紹介:
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しか… もっと読む
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しかし、信念に燃える少壮の弁護士ゴードンはこの父親を救うべく勝ち目のない裁判に挑む!規範と同情の狭間で葛藤する陪審員たちは、いかなる決断を下すのか。法と正義の相克を鋭く描き切ったリーガル・サスペンスの先駆的傑作。

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【この書評が収録されている書籍】
書物の旅  / 逢坂 剛
書物の旅
  • 著者:逢坂 剛
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(355ページ)
  • 発売日:1998-12-01
  • ISBN-10:4062639815
  • ISBN-13:978-4062639811
内容紹介:
「掘り出し物」とは、高値のつくべき古本を安く探し出すことではなく、自分一人にとって、掛けがえのない価値のある本と出会うこと。世界一の古書店街、神保町を根城とする名うての本読みが、自信をもってすすめる納得の本、本、本。作品別の索引がついた、絶対に面白い本の読み方、楽しみ方を綴る書物エッセイ。

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復讐法廷 / ヘンリー・デンカー
復讐法廷
  • 著者:ヘンリー・デンカー
  • 翻訳:中野 圭二
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(350ページ)
  • 発売日:1984-09-00
  • ISBN-10:4167275198
  • ISBN-13:978-4167275198
内容紹介:
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しか… もっと読む
その時、法は悪に味方した。娘を強姦・殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されたのだ。父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実―しかし、信念に燃える少壮の弁護士ゴードンはこの父親を救うべく勝ち目のない裁判に挑む!規範と同情の狭間で葛藤する陪審員たちは、いかなる決断を下すのか。法と正義の相克を鋭く描き切ったリーガル・サスペンスの先駆的傑作。

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初出メディア

週刊東洋経済

週刊東洋経済 1984年10月22日

1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。

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