解説

『世界人物逸話大事典』(角川書店)

  • 2017/09/18
世界人物逸話大事典 / 朝倉 治彦,三浦 一郎
世界人物逸話大事典
  • 著者:朝倉 治彦,三浦 一郎
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:大型本(1178ページ)
  • ISBN:4040319001
内容紹介:
秀吉が鶴ヶ岡八幡宮の頼朝の木像を見て話しかけた言葉等、従来の事典にはない、その人の生き生きとした人間像を伝えるエピソードを多数紹介。日本人によく知られた人物1883人を見出しに掲げ、更に574人が検索可能。

もうひとつの真実

『世界人物逸話大事典』の刊行が近づいた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年1月)。

じつは、私は、この事典に対しては大恩がある。というのも、昨年(一九九五)の一月に上梓した『パリの王様たちーユゴー、デュマ、バルザック三大文豪大物くらべ』(文藝春秋)は、この事典の「デュマ」の項目を依頼されたことがきっかけとなって書き上げられた本だからである。すなわち、デュマの関係資料を渉猟しているうちに、ユゴーとバルザックの残した人間臭いエピソードにも魅惑され、彼ら三人の大物ぶりを如実に示す逸話を集めた「三人並列伝記」を書こうという気になったのである。

とりわけ、このアイディアの核となったのが、事典の「刊行の辞」の次の言葉である。

逸話の中には、後世につくられた真偽の怪しいものもありますが、たとえ、つくられた逸話でも、語られる人物の、その人らしさを生々と表している場合が多いものです

その通りなのだ。逸話というのは、ときによっては、客観的に語られた真面目な伝記や研究よりも、はるかにその人物の人となりを映し出す鏡となることがあるのだ。なぜかといえば、逸話につきものの潤色は、化粧というものがもともと美人である女性の美しさを際立たせることはできても、不美人を美人に変えることはできないのと同じで、その元にある事実を誇張してはいても歪めることはないからだ。よくできた逸話は、巧みに描かれたカリカチュアが写真などよりもその人の性格や雰囲気を伝えるように、「その人らしさを生々と表している場合が多い」のである。

ためしに、『世界人物逸話大事典』の中から例をひとつ選んでみよう。

項目は「石川啄木」である。

啄木は借金の天才であった、相手を、実に巧みに、金を貸さずにはいられないような気にさせる。中学中退後、詩集出版のために上京していたある日のこと、当時文科大学生だった金田一(京助)を葉書で呼び出して、こう言った。風邪をひいて寝てしまい、退屈でつまらないから蟇口を出して逆さに振ってみたら、パラッと落ちたのは全財産十銭五厘。下宿屋の女中にそれでみんな葉書を買ってこさせ、友人へ手紙を書いた。一枚余った葉書を誰へ出そうと考え、よし大隈伯へ出してみようと考えついて、「あなたのような世界の大政治家と、私のような無名の一小詩人と一堂に会してお話しをしてみたらどんなに愉快でしょう」と書いてやった。これを聞いた金田一、あっと驚き開いた口が塞がらなかったが、この人にしたらありそうなことだと興味につられ、「そしたら?」と聞くと返事が来たという。「なんて言ってきたの?」「おもしろい、とにかく逢おう、やって来い、と来ました」「それで行くの?」「だってもう、電車賃もないんですもの」そこで金田一、「一文もない、それア困るなあ」とお金を貸してしまった(金田一京助『新改訂版石川啄木』

この逸話から伝わってくるのは、啄木は嘘がうまかったとか、借金の名人だったという事実よりも、啄木という人間の、憎もうとしても憎みきれない調子のよさ、いいかえれば、したたかな人間的な魅力である。この人間的魅力というのは、客観性を標榜する実証的な研究からはどうしても浮かび上がってこない性質のものなのである。五百ページの決定版の伝記よりも、たったひとつの逸話のほうが、われわれの心をうつこともあるのだ。つまり、よく出来た逸話を聞かされたときに、われわれは、その人物の「核」に触れたような感じを受けるものなのである。

別の言い方をすれば、面白い逸話が多く残っている人物というのは、世間的評価はさておいても、少なくとも「面白い人物、人間くさい人物」だったということができるのではないだろうか。

日産コンツェルンの創業者で戦犯として巣鴨プリズンに入れられたこともある鮎川義介などはその典型である。

鮎川が島根県にある日立金属の工場の視察に行った時のことである。往きの車中で、何かアイディアが思いついた。鮎川は、駅につくとすぐ出迎えにきていた工場長に「これからすぐに東京へ行こう」といって即座に東京行きの汽車に乗せ、東京に着くまで自分のアイディアをしゃべりっぱなしであった。汽車が東京駅に着いた時に、ちょうど話が終わった。すると鮎川は、工場長に「君、これからすぐ島根に帰ってくれ」といった(小沢親光『鮎川義介伝』

これなど、人使いは荒いが、仕事に一途に打ち込む鮎川のエネルギッシュな側面を見事に浮き彫りにした逸話である。こうした鮎川の一面は、戦犯になったときにも十分に発揮されたようだ。というのも、鮎川は、獄中で、究極の戦争再発防止策はなにかということを本気になって考えていたからだ。

巣鴨刑務所を出所する前に、鮎川はマッカーサーに一通の文書を提出した。そこには、第二次世界大戦を契機に絶対平和の世界をつくりあげるための唯一の方法は、勝った国が負けた国を裁判するのではなく、勝った国がまっ先に軍備を全廃することである。それにはマッカーサー元帥自身が軍服を脱ぎ、置土産としてアメリカの極東軍事費でマッカーサー道路網を思いきり整備しておくことである。そうすれば、マッカーサーは日本の神様になるだろうというようなことが書かれていた(小島直記『鮎川義介伝』

これを虫のいい考えと呼ぶべきだろうか。私には、むしろ、日本人のメンタリティーに対する洞察に裏打ちされたはなはだ現実的なアイディアのように思えるのだが、いかがなものだろう。もっとも、「マッカーサー道路網」をというところは、いかにも戦前に国産自動車「ダット号」を生み出した日産の鮎川らしい、手前勝手な発想ではあるが。

ところで、よく出来た逸話というのは、たんにその人物の人となりをあらわすだけでなく、その人物の生きた時代の雰囲気や特徴も同時に示すものだということも、この事典の「刊行の辞」のいう通りである。

(わたしたちは)人物の逸話を通して、その時代の雰囲気やそれを好んだ民衆の意識をも、知ることができます

石川啄木の例でいえば、大隈重信に手紙を書いたら、「おもしろい、とにかく逢おう」と返事が来たという話を金田一京助がそのまま「信じてしまった」というところに、いかにも明治という時代らしい息吹が感じられる。

啄木ならそんな手紙を書くかもしれないというばかりでなく、大隈重信なら、そんな手紙にも返事を出すかもしれないと思わせるものがこの時代には確かにあったのだ。もし、これと同じホラを現代の文学者がかましたとしても、だれもそれを信じるものはいないはずである。

鮎川の場合でも、島根まで「汽車」で往復してアイディアを語り続け、そのまま工場長を帰らせたというところに面白さがあるので、これが飛行機だったら、逸話にもならなかったかもしれない。またマッカーサーが「道路網」をプレゼントしたら日本の「神様」になるというのも、今にして思えば、終戦直後の日本の道路が、江戸時代とそれほど変わらぬ原始的状態にあったことを物語っているわけで、当時の道路状況のひどさを知る格好の手掛かりとなる。

同じように、逸話は、時代性のみならず、国民性、民族性というものも反映する。たとえば、この事典には十六世紀の動乱の時代を生きたフランスのアンリ四世とロシアのイヴァン雷帝という、どちらも王朝の開祖として有名な人物が取り上げられているが、両者の国民性の違いは逸話の中にもあらわれている。

アンリ四世の場合、逸話で強調されるのは、その艶福家ぶりである。

すなわち、五十代のときアンリ四世は、十四歳の少女シャルロットに熱烈な恋をしたが、世間体を考えて彼女をいったんはコンデ公と結婚させ、しかるのちに自分の愛人にしようとした。しかし、シャルロットとコンデ公は、これに抵抗してネーデルランド(オランダ)に逃げ込んだので、王は、シャルロットを取り戻そうと、軍隊を派遣して戦争を起こそうとまで考えだした。ここからもあきらかなように、フランス王の場合、逸話はつねにエロスに中心をおいて語られるのだ。

これに対し、ロシアの場合、皇帝の逸話の多くは、怒りと暴力と恐怖に満ち満ちている。

一五七七年、占領したリヴォニアの都市コケンハウゼンの路上で、イヴァンは、神学問題についてプロテスタントの牧師となごやかに話をしていた、しかし牧師がうかつにも、ルターと使徒パウロを同列に置いたとき、その牧師を処刑するように命じんばかりであった。そして、その牧師の頭を鞭で打ち、『おまえのルターと一緒にとっとと失せろ』と言って駆け去った。またある時、彼の前にひざまずこうとしないペルシアから送られて来た象を、斬り殺すように命じた(クリチュフスキー『ロシア史講話』

こうしたイヴァン雷帝の粗暴さは、二十世紀になっても、スターリンやエリツィンに受け継がれている、と言えなくはない。

もちろん、逸話が実像を隠蔽してしまうこともあるだろう。だが、火のないところに煙は立たないのと同じで、実像を反映していない逸話、つまり悪い人間を無理に美化しようとしたり、逆に故意に善人を疑めようとして捏造された逸話は、かならず、その説話の構造に無理があるので、後世に残らないというのも真理なのである。

残るのは、その人物の総合的人格を最少の言葉で最も経済的・効率的に言いあらわした逸話だけである。

この意味で、逸話とは、時間という試練を経て我々の手に伝わった「もうひとつの真実」なのである。

【この解説が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • ISBN:479496496X
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

世界人物逸話大事典 / 朝倉 治彦,三浦 一郎
世界人物逸話大事典
  • 著者:朝倉 治彦,三浦 一郎
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:大型本(1178ページ)
  • ISBN:4040319001
内容紹介:
秀吉が鶴ヶ岡八幡宮の頼朝の木像を見て話しかけた言葉等、従来の事典にはない、その人の生き生きとした人間像を伝えるエピソードを多数紹介。日本人によく知られた人物1883人を見出しに掲げ、更に574人が検索可能。

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初出メディア

本の旅人

本の旅人 1996年1月

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