書評
『小松左京さんと日本沈没 秘書物語』(産経新聞出版)
SFの巨人の意外な素顔
小松左京と言えば、日本を代表するSF作家。400万部を超える大ヒット作『日本沈没』(1973年)で知られるが、70年の大阪万博ではテーマ館のサブプロデューサー、84年の映画『さよならジュピター』では原案・脚本・製作・総監督、90年の花博では総合プロデューサーをつとめるなど、作家の枠を超えて幅広く活躍し、2011年7月、80歳で世を去った。それから5年半。アシスタントとして、秘書として、マネジャーとして、小松左京のもとで長年働いてきた著者による回顧エッセーが刊行された。産経新聞連載の「宇宙からのメッセージ 小松左京と秘書のおかしな物語」を軸に、単発のエッセー5本を加えて再構成したもの。序文に、“自分の六十年余りの人生の中で、家族よりも長い三十四年という時間を共に過ごしてきた、「私のボス」の素顔について書いてみたいと思う”とあるように、往時の人間・小松左京が生き生きと描かれる。豪放磊落(らいらく)に見えて意外と繊細な気配りの数々、自宅に電話しては「猫は元気か?」とまずたずねる愛猫家ぶり、“歯医者と目医者以外の医者にかかったことがない”という重度の医者嫌い…。
晩年の小松さんがつくったという戯れ歌「……老いては子に従い……ぼけては猫に従う/しあわせは……猫を数えて みんないる時」など、SFの巨人の知られざる面を伝えるエピソードが満載されている。
仕事面でも、秘書でなければ書けない舞台裏の話が面白い。たとえば81年には、ホテルニューオータニの新館1階に「エレクトロオフィス」を開設。最先端電子機器のショールームも兼ねたこの事務所の家賃を稼ぐため、乙部さんが講師となって、企業の社長などを相手にパソコンの講習会を開き、なんと月に2千万円を売り上げたとか。
その他、小松さんが語った思い出話を軸に、少年時代の戦争体験や、別名で描いていた漫画のこと、大阪万博や『日本沈没』の裏側も鮮やかに再現される。晩年の人間くさい逸話や、家族に看取(みと)られた穏やかな臨終の場面は、ぜひ本書で確かめてほしい。
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