書評
『ビカミング・ジェイン・オースティン』(キネマ旬報社)
小説のモデルを類推する楽しみ
作家の人生を、知りたい。この欲求は、優れた作品を読む時にわいてくる「この人はなぜ、このような作品を書いたのか」という疑問に答えを見つけたいからこそ、抱くものです。
ジェイン・オースティンに関しても、その人生を様々な角度から見た本が、多数出ています。彼女はなぜ結婚を、家族を、そして日常というものを、こうも巧みに描くことができるのか?という疑問は、読者の誰もが持つものでありましょう。
「ビカミング・ジェイン・オースティン」は、直訳すれば「ジェイン・オースティンになる」。18世紀にイギリスで生まれた女性が、作家ジェイン・オースティンに「なる」過程が、家族間で交わされた書簡等の資料を丁寧にひもとくことによって、描かれています。
当然ながらカタカナの人名がやたらと出てくるこの本、読み進めるのに少々根気が要りますが、興が乗ってきた時に私が思い出したのは、我が国を代表する女性ストーリー・テラー、紫式部のことでした。ジェインとは生まれた時代はかなり違えど、上の下というか中の上というか、その辺りの微妙なクラスの生まれであること、結婚生活には恵まれなかったこと、自活もしくは自立の手段として物語を書いたこと、そして少し内気で神経質なところ等、両者は非常に似ている気がしたのです。
作家の評伝を読むことの楽しみは、作家の実人生に登場してくる人物と、作家が書いた物語に登場する人物とを、好き勝手に結びつけることができるというところでしょう。それが正解かどうかはさておき、「この人は、あの人のモデル?」と想像することによって、物語を再び味わうことができるのです。
たとえば紫式部についてであれば、藤原道長と光源氏を点線で結びつけてみたりするのが楽しいわけですが、では果たしてジェイン・オースティンにとってのミスター・ダーシーは、誰なのか。そして、なぜジェインは、生涯結婚しなかったのか。……その謎とともにこの本を開けば、ちょっとした探偵のような気分になってくるのでした。
朝日新聞 2009年4月5日
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