書評

『橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか』(平凡社)

  • 2018/01/23
橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか / 鎌田 慧
橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか
  • 著者:鎌田 慧
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(318ページ)
  • ISBN-10:4582824528
  • ISBN-13:978-4582824520
内容紹介:
「畠山鈴香は人間ではない」と、それでもあなたは言いますか?33歳のシングルマザーは何故、幼い命を手にかけたのか?死刑判決待望論に挑み、「破滅」と「殺意」の深層に迫って書き下ろした、著者畢生のルポルタージュ。

死刑待望論で見えなくなったもの

秋田で、母子家庭の娘さんが行方不明になり、やがて遺体で発見された。

……このニュースを聞いた時、傷心の母親の姿を見て、「何て可哀想なのだろう」と思ったことを私は覚えています。しかし、やがて近所の少年が殺され、最初に遺体で発見された少女の母親、すなわち畠山鈴香にマスコミが疑いと興味の視線を集中させた時、一転して私も、いじめられっ子を見るいじめっ子のような視線で彼女を見るようになっていました。

子供を失った可哀想な母親→子供を殺す鬼親、と、わずかな間に世間からの評価が劇的に変化し、その落差があまりに激しかった故に、彼女は日本中から石を投げられることとなりました。やがて彼女が逮捕されて裁判となった時も、世間は彼女に強く死刑を望んだ。

著者は本書において、そんな世間の感情の流れに待ったをかけています。彼女の生い立ちと事件のあらまし、そして裁判とを詳細に検分することによって、彼女に死刑を望むのは妥当であるのかという勇気ある問い掛けを行っているのです。

彼女がここまでの興味と憎しみにさらされたのは、彼女が「母親」だったからでしょう。子供を手にかけた「世間からいじめられて当然の母親」が登場した時、世間が舌なめずりをしている様子に気付いた著者は、私たちを冷静にいさめます。その人が母であろうとなかろうと、必要なのはなぜその罪が犯されたのかを公平に見る姿勢。裁判員制度が施行された今だからこそ、「罪の見方」は自分自身の問題でもあることに、この本を読んでいて、ハッと気付かされました。

一方で存在するのは、「畠山鈴香はわたしだ」「べつな人がやってくれたから、わたしがやらないですんだ」と思う、経済的・精神的に苦しむシングルマザーたち。一人の犯罪者を「特殊な鬼畜」にしてしまうことによって、その背後で、ぎりぎりのところで罪を犯さずにいる人たちは、かえって見えなくなってしまうのではないか。そんな危機感をも感じさせる一冊でした。

【文庫版】
橋の上の「殺意」 <畠山鈴香はどう裁かれたか>  / 鎌田 慧
橋の上の「殺意」 <畠山鈴香はどう裁かれたか>
  • 著者:鎌田 慧
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(416ページ)
  • 発売日:2013-08-09
  • ISBN-10:4062776146
  • ISBN-13:978-4062776141
内容紹介:
33歳のシングルマザーは、なぜ幼い命を手にかけたのか? そこに「殺意」はあったのか? 真実を炙り出す、力作ノンフィクション。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか / 鎌田 慧
橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか
  • 著者:鎌田 慧
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(318ページ)
  • ISBN-10:4582824528
  • ISBN-13:978-4582824520
内容紹介:
「畠山鈴香は人間ではない」と、それでもあなたは言いますか?33歳のシングルマザーは何故、幼い命を手にかけたのか?死刑判決待望論に挑み、「破滅」と「殺意」の深層に迫って書き下ろした、著者畢生のルポルタージュ。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年7月19日

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