書評

『プルーストと過ごす夏』(光文社)

  • 2017/04/05
プルーストと過ごす夏 / アントワーヌ・コンパニョン,ジュリア・クリステヴァ,他
プルーストと過ごす夏
  • 著者:アントワーヌ・コンパニョン,ジュリア・クリステヴァ,他
  • 翻訳:國分 俊宏
  • 出版社:光文社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(331ページ)
  • 発売日:2017-02-16
  • ISBN-10:4334979157
  • ISBN-13:978-4334979157
内容紹介:
二十世紀文学の最高峰と言われる、プルースト『失われた時を求めて』。この大作に挑戦するには、まばゆい日差しのもと、ゆったりとした時間が流れる夏休みが最適だ―。本書は、現代フランスを代表するプルースト研究者、作家などが、それぞれの視点から『失われた時を求めて』の魅力をわかりやすく語った、プルースト入門の決定版である。
二〇一三年のアントワーヌ・コンパニョン著『モンテーニュと過ごす夏』(邦訳は『寝る前5分のモンテーニュ』)を皮切りに、「〜と過ごす夏」シリーズは今のところ四冊出ているが、本書はその二冊目。二〇一四年にフランスで出版された。もともとラジオで放送された対話形式の番組(聞き手はジャーナリストのローラ・エル・マキ)だったものを質問を受けた八人の文学者が放送をもとにそれぞれきちんとした文章に仕立て上げて本にした。

プレイヤード新版の監修者ジャン=イヴ・タディエを筆頭に、アントワーヌ・コンパニョン、ジュリア・クリステヴァ、ニコラ・グリマルディ、ミシェル・エルマン、ジェローム・プリウール、アドリアン・グーツ、ラファエル・アントーヴェンまで、いずれもプルーストに関する重要な仕事を公にしている人たちで、グリマルディとタディエとクリステヴァ以外は戦後生まれ。とくに、グーツは一九六六年、アントーヴェンは一九七五年生まれの、若い世代を代表する学者・批評家である。

その八人が、『失われた時を求めて』から、自身の好きな箇所をいくつか引きながら、「時間」(コンパニョン)、「登場人物」(タディエ)、「プルーストと社交界」(プリウール)、「愛」(グリマルディ)、「想像界」(クリステヴァ)、「場所」(エルマン)、「プルーストと哲学者たち」(アントーヴェン)、「プルーストと芸術」(グーツ)というように、さまざまな切り口でプルーストの魅力を語った一冊が本書である。

先日、さるカルチャーセンターで担当しているプルースト講座で、読んだばかりのこの翻訳を紹介したのだが、引用したいところがあまりに多く迷ったほどだった。各々渾身の力をこめて世に問うた専門的なプルースト論とは違い、肩の力を抜いた一般向けの読み物になっていて、これからプルーストを読もうという人も、すでにプルーストを読んだ人も楽しめる構成と内容になっている。世にはプルーストを読み始めながら、なぜか途中でやめてしまった人たちもいて、プルースト訳者の一人としては何とも残念な気がしてならないのだけれど、そういう方々も本書を読めば、ふたたびプルーストを繙く気になるのではないかという気がする。

たとえばコンパニョンは書く、「プルーストは読みやすい作家ではない。その文は一つ一つが長く、描かれる社交界の夜会はいつ終わるともしれない。恐ろしくなる。だが、本を恐れるのは当然なのだ。なぜなら、本というものは、私たちを変えてしまうものなのだから。プルーストの作品のような小説に飛び込み、それを本当に読んだなら、その最後まで行き着いたなら、人は違う自分になってそこから出てくる」。

私はここで大きく頷いた。そう、ただ読みやすいだけが作品の美質ではない。むしろ、それを読むことによって自身が変わる小説に相対することこそ読書の醍醐味ではないのかと。

タディエからはこんな言葉を引いてみたい。「プルースト以前にもホモセクシャルの作家たちはもちろんいた。だが、彼ほどの勇気を持っていたものは一人としていなかった。背が低く、ひ弱で、病気がちで、そしてすでにほかのいろんな理由で批判され続けてきた彼、プルーストが、広い意味でのマイノリティたちの代弁者を務めたのである。病人や、ユダヤ人や、同性愛者たち、そして、ある意味では、常に無理解にさらされている偉大な芸術家というマイノリティの」。

こうしたタディエの指摘はプルーストを読む、あるいは読もうとしている人たちを根柢から勇気づけるのではなかろうか。プルーストの現代性はこういうところにもある。それは、マイノリティを排除しない社会を目指すことでもあって、ヘイトスピーチが横行し、マイノリティが中傷の対象になる現代の日本その他に見られる悲しい現実に抗する力を養うことにもなるだろう。

この調子で感銘を受けたところを引いていけば限りがない。それほど本書には珠玉の言葉が鏤められている。むろん、プルーストにページを割いている『反抗的人間』のことを忘れて、カミュはプルーストを名指しで引用したことはないと言い切るアントーヴェンのような勇み足の例がないわけではない。しかし、 そのアントーヴェンにしても、「『見いだされた時』は、石でできた夢ではなく、永遠に気まぐれでうつろいやすい、存在と知の一致なのである。死に対する特効薬は、一瞬という時間の永遠性の中にこそある」といった的確無比な言葉を書きつけるのだ。

ほとんど一ページごとに私は感動を覚えつつ読み終えたのだが、それは訳者のしなやかで精確な日本語によるところが大きい。原書ですでに読んでいたのに、今回はそのとき以上に心揺さぶられた。こういう間口の広いプルースト論集が美しい日本語で読めるのはまさしく幸いというほかない。國分氏の訳業に魅せられた私は、氏の他の訳書も可能な限り買って、いまはそれを繙読しているところである。
プルーストと過ごす夏 / アントワーヌ・コンパニョン,ジュリア・クリステヴァ,他
プルーストと過ごす夏
  • 著者:アントワーヌ・コンパニョン,ジュリア・クリステヴァ,他
  • 翻訳:國分 俊宏
  • 出版社:光文社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(331ページ)
  • 発売日:2017-02-16
  • ISBN-10:4334979157
  • ISBN-13:978-4334979157
内容紹介:
二十世紀文学の最高峰と言われる、プルースト『失われた時を求めて』。この大作に挑戦するには、まばゆい日差しのもと、ゆったりとした時間が流れる夏休みが最適だ―。本書は、現代フランスを代表するプルースト研究者、作家などが、それぞれの視点から『失われた時を求めて』の魅力をわかりやすく語った、プルースト入門の決定版である。

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週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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