「思い込み」排し、豊かな読み方を手引き
文学系YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」の開設に始まり彗星の如く現れた(ように私には見えた)書評家渡辺祐真による物語を楽しむための入門書だ。著者は大学生のとき、ある老教授による梅崎春生『桜島』の読解に圧倒され、どうしてこんなに読解に差が出るのかと絶望しかけたという。そこで、「無手勝流じゃダメだ。ちゃんと視点を持て。その視点に基づいて読むところから始めろ」という教授の言葉にハッとした。
「視点を持て」と言われて持てるものではない。著者は物語を読むためのスキーム、すなわち「物語のカギ」を豊富に得るために、文学作品のみならず、批評、批評理論、哲学書その他の人文書を膨大に渉猟し、こつこつとノートを書き溜(た)めていった。そこから生まれたのが本書だ。文学作品の他に、漫画、アニメ、映画、ゲームなどもとりあげる。
私は大学生などに、「時には自分から遠いと感じる本も読んでみては?」と勧めることがあるのだが、これは、最近の読書が親近感ばかりをベースにした「感動」(近頃の「共感しかない」という言い方に象徴される)と、感覚や意見が自分と合わないものへの「全拒否」(「~って無理」という言い方に象徴される)に二分される傾向にあると思うからだ。
渡辺は『ナボコフの文学講義 下』を引用しつつ、各人の視点によって見える世界は全く異なることを提示した後、思い込みこそが人びとの分断を深めると言う。そのうえで、「倫理的に許せないといったことを、(物語の世界にまで)絶対の尺度として持ち込む」ことはやめようと提言し、「自分が感情移入も理解もできないし、倫理的に許せない物語もたくさん読んでください。それこそ物語の醍醐味です」とまっすぐに述べる。
「物語の基本的な仕組み」と題した章は物語を読むうえで欠かせない要点がコンパクトにまとめられている。翻訳家志望者などもぜひ読んでほしい。著者がまず言うのは、物語というのは、「物語内容」(なにが書いてあるか)だけでなく、「物語言説」(どのように書いてあるか)に注視せよということ。これは本だけでなく、映像作品の倍速視聴や「ファスト映画」(筋だけわかるように映像を繋いだ違法動画)にも通じる問題だろう。小説も映画も「理解」するだけでなく「体験」するものだと思うが、著者はどのようにしたらその体験がより面白く深いものになるかを解説していく。
時間の進行を扱う項では「呪術廻戦」を例に出し、主人公とおぼしき少年が死刑を宣告されるシーンからいきなり始まる「イン・メディアス・レス」または後説法の効果について説く。その後は、文学評論でよくごっちゃにされている「人称」と「視点」「焦点」の違いを明確にし、語り手の種類を説明し、さらに「作者の意図は正解じゃありません!!!!!」と感嘆符五つ付きで強調する。
「虫の視点」つまり細部に目を凝らす章、「鳥の視点」つまり俯瞰してテキストを眺め、対位法的読解、間テキスト性、作家研究の意義などを解説する章もある。
ジュネットやクリステヴァの文学理論、ダムロッシュの翻訳論に興味はあるが読みきれないと臆する読者にもはじめの一歩として好適。能動的読書のススメである。