書評
『凍(い)てる指』(河出書房新社)
鈴木しづ子という俳人を、初めて知った。
一度読んだだけで、すうっと心にしみてくる。背景に重い人生を感じさせる句でありながら、言葉はとても軽やかだ。
軍需工場での青春、空襲、婚約者の戦死、結婚、離婚、ダンサーとしての生活、母を裏切る父、黒人兵との恋愛、そして別れ……。まさに波瀾万丈といっていい人生から、しづ子の俳句は生まれた。
第一句集『春雷』は、戦後における新刊書の初のベストセラー。第二句集『指輪』も、評判を呼ぶ。が、女の性を率直に句に表現したことと、彼女自身の経歴などから、世間的には好奇や批判の目も強かった。『指輪』の出版記念会の途中でいなくなり、その後の消息は今もはっきりとはわかっていない……というのも、ドラマチックな人生だ。後には「娼婦俳人」などと呼ばれ、正しく評価されることもなく、伝説の人となってしまったしづ子。
本書は、その幻の女流俳人の一生を追った伝記小説である。彼女にスポットが当てられたこと自体、とても意義深いことだろう。しづ子の俳句を、もっともっと読みたい、と思った。そう思わせるところが、本書の魅力なのだ。しづ子像を描くにあたって、著者は俳句作品を最大限に活用する。ここぞという時の一句が、すとんと心に落ちてくる。
が、いっぽうで、しづ子の人生を、もっともっと読みたい、とも思った。伝記小説の「伝記」ではなく「小説」の部分を、である。それは、句集の一句と一句のあいだ、つまり行間を散文で埋めてゆく作業になる。短詩型文学の余白が持つ力を、知っていればいるほど、その作業は辛いものとなるだろう。
あとがきによると著者は、かなりの俳句鑑賞歴を持つようだ。「小説」部分の若干のものたりなさは、しづ子の俳句を大切にしすぎたためなのかもしれない。
本書には、もう一編、やはり異色の俳人富田木歩(もっぽ)の伝記小説『冬木風』が収められている。
生まれてまもなく歩けなくなり、貧困と病苦のなか、二十六歳で夭逝した木歩。しづ子とはまた違った面から、俳句と人生について、考えさせられる。
【この書評が収録されている書籍】
夏みかん酸つぱしいまさら純潔など
ちちははの恋の生れ処や曼珠沙華
コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ
一度読んだだけで、すうっと心にしみてくる。背景に重い人生を感じさせる句でありながら、言葉はとても軽やかだ。
軍需工場での青春、空襲、婚約者の戦死、結婚、離婚、ダンサーとしての生活、母を裏切る父、黒人兵との恋愛、そして別れ……。まさに波瀾万丈といっていい人生から、しづ子の俳句は生まれた。
第一句集『春雷』は、戦後における新刊書の初のベストセラー。第二句集『指輪』も、評判を呼ぶ。が、女の性を率直に句に表現したことと、彼女自身の経歴などから、世間的には好奇や批判の目も強かった。『指輪』の出版記念会の途中でいなくなり、その後の消息は今もはっきりとはわかっていない……というのも、ドラマチックな人生だ。後には「娼婦俳人」などと呼ばれ、正しく評価されることもなく、伝説の人となってしまったしづ子。
本書は、その幻の女流俳人の一生を追った伝記小説である。彼女にスポットが当てられたこと自体、とても意義深いことだろう。しづ子の俳句を、もっともっと読みたい、と思った。そう思わせるところが、本書の魅力なのだ。しづ子像を描くにあたって、著者は俳句作品を最大限に活用する。ここぞという時の一句が、すとんと心に落ちてくる。
が、いっぽうで、しづ子の人生を、もっともっと読みたい、とも思った。伝記小説の「伝記」ではなく「小説」の部分を、である。それは、句集の一句と一句のあいだ、つまり行間を散文で埋めてゆく作業になる。短詩型文学の余白が持つ力を、知っていればいるほど、その作業は辛いものとなるだろう。
あとがきによると著者は、かなりの俳句鑑賞歴を持つようだ。「小説」部分の若干のものたりなさは、しづ子の俳句を大切にしすぎたためなのかもしれない。
本書には、もう一編、やはり異色の俳人富田木歩(もっぽ)の伝記小説『冬木風』が収められている。
木のごとく凍てし足よな寒鴉
夢に見れば死もなつかしや冬木風
生まれてまもなく歩けなくなり、貧困と病苦のなか、二十六歳で夭逝した木歩。しづ子とはまた違った面から、俳句と人生について、考えさせられる。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞
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