書評
『エンジェル』(白水社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
読みどころは、主人公エンジェルのキャラクター。食料雑貨店を営む母親をバカにしていて、自分は将来有名な作家になって贅沢三昧の生活ができることを信じて疑わない。学校を退学したのに家の手伝いもしないエンジェルを見かねた叔母が、自分が働いているお屋敷の奥様が娘の侍女を探しているんだけれどと持ちかければ、この反応。
〈本気であたしに、その役立たずで間抜けな女の子の代わりに、その子が自分でまともにできるようなことをやってあげるように言ってるわけ?(中略)帰ってそのくそばばあ(トヨザキ註・奥様のこと)に、あたしがその侮辱をどう思っているか、言ってやって。(中略)それから、いつの日かあんたがあたしにしたことを思い出して冷や汗を流す日が来るって、言ってやって〉
で、初めて書いた小説を出版してもいいと言ってくれた、その後生涯の担当編集者となるセオの、直したほうがいい箇所がいくつかあるから原稿を預からせてくれという申し出は、「いやです」のひと言で却下。たった十六歳でどんだけプライドが高いんだってことですよ。
同時代の小説をまったく読まない。自分が書く小説の舞台となる時代背景や風俗をまったく調べることなく、想像だけで書いて顰蹙をかう。辛辣な批評に対してはヒステリーで応え、どれだけ儲けさせてやってるんだとばかりに出版社に対しては無理難題ばかりをふっかける。いかにも成金然とした浪費をする。現実ではなく、自分が描く夢や虚構の中に真実を見る。その夢を実現させていく。しかし、すべてを失ってしまう。
一時期一世を風靡しても百年後は出版物はおろか、名前も忘れ去られてしまうような泡沫作家としてのエンジェルに向ける作者テイラーの厳しい視線が、ケータイ小説や、ドラマ化映画化されて大ヒットするぬるい恋愛小説にうんざりしているわたしなどには、小気味のいいスパイスに感じられます。でも一方で、「日本にも出現しないかな、こういう奇形的な作家」そう思う自分もいるんです。最近の小説家は優等生が多くてつまらないという現実に対する、それが読者としてのわたしのささやかな夢なんであります。
【この書評が収録されている書籍】
 
 ◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
泡沫作家・エンジェルに向ける作者の厳しい視線が小気味いい
女優が小説書いたんじゃないですよ。一九一二年にイギリス南東部の町に生まれ、十作を越える長篇といくつかの短篇集を出し、七五年に亡くなった作家エリザベス・テイラーの作品なんですよ、この『エンジェル』は。甘ったるい通俗小説で流行作家に成り上がった一人の女性の生涯を描いてシニカルな笑いをかもす、見事な作家小説にして女性一代記小説なんですよ。読みどころは、主人公エンジェルのキャラクター。食料雑貨店を営む母親をバカにしていて、自分は将来有名な作家になって贅沢三昧の生活ができることを信じて疑わない。学校を退学したのに家の手伝いもしないエンジェルを見かねた叔母が、自分が働いているお屋敷の奥様が娘の侍女を探しているんだけれどと持ちかければ、この反応。
〈本気であたしに、その役立たずで間抜けな女の子の代わりに、その子が自分でまともにできるようなことをやってあげるように言ってるわけ?(中略)帰ってそのくそばばあ(トヨザキ註・奥様のこと)に、あたしがその侮辱をどう思っているか、言ってやって。(中略)それから、いつの日かあんたがあたしにしたことを思い出して冷や汗を流す日が来るって、言ってやって〉
で、初めて書いた小説を出版してもいいと言ってくれた、その後生涯の担当編集者となるセオの、直したほうがいい箇所がいくつかあるから原稿を預からせてくれという申し出は、「いやです」のひと言で却下。たった十六歳でどんだけプライドが高いんだってことですよ。
同時代の小説をまったく読まない。自分が書く小説の舞台となる時代背景や風俗をまったく調べることなく、想像だけで書いて顰蹙をかう。辛辣な批評に対してはヒステリーで応え、どれだけ儲けさせてやってるんだとばかりに出版社に対しては無理難題ばかりをふっかける。いかにも成金然とした浪費をする。現実ではなく、自分が描く夢や虚構の中に真実を見る。その夢を実現させていく。しかし、すべてを失ってしまう。
一時期一世を風靡しても百年後は出版物はおろか、名前も忘れ去られてしまうような泡沫作家としてのエンジェルに向ける作者テイラーの厳しい視線が、ケータイ小説や、ドラマ化映画化されて大ヒットするぬるい恋愛小説にうんざりしているわたしなどには、小気味のいいスパイスに感じられます。でも一方で、「日本にも出現しないかな、こういう奇形的な作家」そう思う自分もいるんです。最近の小説家は優等生が多くてつまらないという現実に対する、それが読者としてのわたしのささやかな夢なんであります。
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