書評
『チルドレン』(講談社)
先頃、吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した、ノリにノッてる若手作家が伊坂幸太郎であります。最新刊の『チルドレン』は短編集のふりをした長編小説。銀行強盗事件に遭遇した大学生、鴨居と陣内。二人はそこで目の見えない青年・永瀬と知り合い、共に無事に解放されるのですが――。目が不自由だからこその鋭敏さで強盗事件の真相を鮮やかに解き明かしてしまう永瀬と二人の友情の芽生えを示唆して終わる「バンク」。家裁調査官をしている〈僕〉が語り手の表題作と「チルドレンⅡ」。永瀬の彼女である〈わたし〉が学生時代に永瀬と自分と陣内が偶然巻き込まれた事件を回想する「レトリーバー」。陣内が父親超えをする瞬間のエピソードを永瀬が語り起こす「イン」。
五つの小さな物語は独立して楽しめる内容なのだけれど、それぞれの中に仕込まれているささやかな挿話が別の物語のテーマになっていたりと、読み終えてみれば、たしかにひとつの長編小説を読んだという満足感に包まれる構成になっているのです。で、その中心にいつもいるのが陣内という傑物。屁理屈王で、強盗の人質にとられても平気で犯人につっかかっていったり、社会的な地位が高くて偉そうにしているくせして女子高生をお金で買うような実父に対する大いなる憤怒をためこみ、”見る前に跳ぶ”気質ゆえ周囲を面倒事に巻き込みがちな、いわゆるはた迷惑な男なんではあります。が、しかしっ、断言いたしましょう。あなた、この小説を読んだら、陣内のことを好きで好きでたまらなくなりますから。
たとえば、見知らぬおばさんから五〇〇〇円札を握らされた永瀬に、「ふざけんなよ」と声をあげる陣内のエピソード。永瀬ならずとも、当然、怒りは盲目の青年に安易な同情を寄せるおばさんに向けられていると思いますよね。ところが、違うんだなー、この男の場合。「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」と拗(す)ねるんです。で、「僕が盲導犬を連れてるから、じゃないかな」と答える永瀬に「関係ないっつうの。ずるいじゃないか」と喚(わめ)くや、「そのおばさんどこに行ったんだ?」と必死に探し、見つからないと「いいなあ。おまえはラッキーだったな」と恨めしそうに呟(つぶや)くようなヤツなんですよー。そんな可愛い陣内を好きにならない人がおりましょうか、おりますまい。
幸せ~(しゃあわせ~って読んでね)な気分になりたかったら、『チルドレン』を読むべし。しからば、ほんわか。ところどころ、わははは。んでもって、じんわり。読了した時、〈歴史に残るような特別さはまるでなかったけれど、僕にはこれが、特別な時間なのだ、と分かった。この特別ができるだけ長く続けばいいな、と思う。甘いかな。〉と独白する永瀬の気持ちに同調している自分に気づく、これはそんな小説です。とてもナイーブな小説です。けどナイーブのどこが悪い! 世界の片隅で小さな声で眩きたくなる、品が良くって温か~い小説なのです。
【この書評が収録されている書籍】
五つの小さな物語は独立して楽しめる内容なのだけれど、それぞれの中に仕込まれているささやかな挿話が別の物語のテーマになっていたりと、読み終えてみれば、たしかにひとつの長編小説を読んだという満足感に包まれる構成になっているのです。で、その中心にいつもいるのが陣内という傑物。屁理屈王で、強盗の人質にとられても平気で犯人につっかかっていったり、社会的な地位が高くて偉そうにしているくせして女子高生をお金で買うような実父に対する大いなる憤怒をためこみ、”見る前に跳ぶ”気質ゆえ周囲を面倒事に巻き込みがちな、いわゆるはた迷惑な男なんではあります。が、しかしっ、断言いたしましょう。あなた、この小説を読んだら、陣内のことを好きで好きでたまらなくなりますから。
たとえば、見知らぬおばさんから五〇〇〇円札を握らされた永瀬に、「ふざけんなよ」と声をあげる陣内のエピソード。永瀬ならずとも、当然、怒りは盲目の青年に安易な同情を寄せるおばさんに向けられていると思いますよね。ところが、違うんだなー、この男の場合。「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」と拗(す)ねるんです。で、「僕が盲導犬を連れてるから、じゃないかな」と答える永瀬に「関係ないっつうの。ずるいじゃないか」と喚(わめ)くや、「そのおばさんどこに行ったんだ?」と必死に探し、見つからないと「いいなあ。おまえはラッキーだったな」と恨めしそうに呟(つぶや)くようなヤツなんですよー。そんな可愛い陣内を好きにならない人がおりましょうか、おりますまい。
幸せ~(しゃあわせ~って読んでね)な気分になりたかったら、『チルドレン』を読むべし。しからば、ほんわか。ところどころ、わははは。んでもって、じんわり。読了した時、〈歴史に残るような特別さはまるでなかったけれど、僕にはこれが、特別な時間なのだ、と分かった。この特別ができるだけ長く続けばいいな、と思う。甘いかな。〉と独白する永瀬の気持ちに同調している自分に気づく、これはそんな小説です。とてもナイーブな小説です。けどナイーブのどこが悪い! 世界の片隅で小さな声で眩きたくなる、品が良くって温か~い小説なのです。
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初出メディア

アッティーバ(終刊) 2004年8月
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