書評

『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)

  • 2017/11/20
東京湾岸畸人伝 / 山田清機
東京湾岸畸人伝
  • 著者:山田清機
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2015-12-18
  • ISBN:4023314676

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普通の人々の「凄み」 抑えた筆致で浮き彫りに

市井の人々の仕事と人生を静かに鮮やかに描くノンフィクション。前作の『東京タクシードライバー』もそうだったが、書き手として著者の力量は並大抵ではない。

東京タクシードライバー (朝日文庫) / 山田清機
東京タクシードライバー (朝日文庫)
  • 著者:山田清機
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(352ページ)
  • 発売日:2016-02-05
  • ISBN:4022618485

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素材がいい。築地のマグロの仲卸、横浜港の沖仲仕、馬堀海岸の能面師、木更津の寺の住職、久里浜のアル中病棟の広告アートディレクター、羽田の老漁師。生業こそ一風変わっているけれど、本書に登場する6人の男は表面的にはいずれも普通の人々。しかし、それぞれに濃密でコクのあるストーリーを隠し持っている。これだけの素材をごく自然に見つけてくるところに著者の芸がある。

文章がいい。「欲望に対する速度が遅いこと」。これが「品格」という言葉の最上の定義だと思うのだが、筆者の文章にはまことに品がある。淡々とした筆致。人間ドラマにありがちな臭みやあざとさがまったくない。住職の話では、最大のヤマ場であるはずのエピソードが暗示されるが、筆者はそこには踏み込まない。沈黙で終わる能面師の章は著者の文章芸の真骨頂。これには痺れた。

映画的な文章構成。対象をとらえる著者のカメラが移り動いていくリズムがいい。読者を登場人物の世界に自然と引き込んでいく。どの章もゆっくりとその人物にアプローチするところから始まる。徐々に「凄(すご)み」の正体が明らかになる。読み手をワクワクさせる。

なによりも視点がいい。6話にうっすらと共通するテーマは「人間にとって仕事とは何か」。第一級の仕事論になっている。

のっけの「築地のヒール」の章はその白眉だ。マグロの仲卸という一見単純そうに見える仕事。しかしその実とんでもない深みがある。必然と偶然の織りなす成り行きでその世界に入る。試行錯誤を重ねて腕を磨く。練り上げられた戦略でその世界での卓越さを追い求める。稼ぎへのこだわりと利他への目配せが渾然(こんぜん)一体となったバランス感覚。プロとしてのプライド。何よりもそれが好きだということ。ここに上質な仕事の本質が全部あるといってもよい。

若い世代が読めば、仕事の本当を教えてくれる教科書になる。中年以降の世代が読めば、ともすれば同じことの繰り返しに流れがちな日常の中で、改めて仕事への姿勢の背筋を正してくれる。

この本を映画にしてくれる人はいないだろうか。いまとなってはかなわないが、6話とも主演は高倉健でやってほしかった。間違いなく稀代の名作になったと思う。本当に良い本を読んだ。読後感として、それに尽きる。
東京湾岸畸人伝 / 山田清機
東京湾岸畸人伝
  • 著者:山田清機
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2015-12-18
  • ISBN:4023314676

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2016年3月15日

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