書評

『観光立国の正体』(新潮社)

  • 2017/11/15
観光立国の正体  / 藻谷 浩介 / 山田 桂一郎
観光立国の正体
  • 著者:藻谷 浩介 / 山田 桂一郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:新書(272ページ)
  • 発売日:2016-11-16
  • ISBN-10:4106106922
  • ISBN-13:978-4106106927
内容紹介:
地方から日本を再生させるための処方箋を、地域振興のエキスパートと観光カリスマが徹底討論
現場志向のエコノミストと、スイスでの経験と知見を元に日本各地で観光地再生事業を手がける「観光カリスマ」。二人の著者が観光立国日本のあるべき姿とそれへの戦略を縦横に語る。

優れた戦略には必ずシンプルかつ骨太の論理がある。「非日常」より「異日常」。これが本書を貫く論理であり、そこに慧眼(けいがん)がある。

山田氏が住むスイスのツェルマットは地理的に不利な条件にある小さな村ながら、世界有数の山岳リゾートとして成功している。人口5700人の村に年間200万泊以上の旅行者が訪れる。しかも、その大半がリピーターで、毎年決まった季節に来て家族でバカンスを楽しむ。帰り際に翌年の宿を予約していく人も少なくない。

なぜツェルマットはリピーターを惹きつけ離さないのか。マッターフォルンの眺望、スキーやトレッキングのコースなどの観光資源は言うまでもないが、それだけではリピーターは獲得できない。

成功の最大の理由は「そこに住んでいる人々が地域に対して愛着と誇りを持ち、心から楽しく豊かに暮らしている」ことにある。住民の生活満足度が高く、日常の中に本質的な豊かさが溢れているからこそ、旅行客は「こんな場所なら自分も住んでみたい」と、何度も足を運んでくれる。それは画一化されたテーマパークのような「非日常」ではなく、自分たちとは異なる豊かな「異日常」のライフスタイル、ここに観光ブランドの本質がある。

日本初心者むけの定番メニューで訪日旅行客数を増やすのみならず、これからはリピーターの増加が何よりも大切になると著者たちは強調する。本当の観光立国の物差しは来訪者数よりも延べ宿泊数にある。ツェルマットのようなトップレベルの観光地は滞在期間の長いリピーターに支えられている。幸いなことに、ミクロでみれば北海道弟子屈町(てしかがちょう)や飛騨、高野山など、日本にも成功例が生まれつつある。そこに共通するのは「行政主体、住民参加」から「住民主体、行政参加」への転換であるという。

「美しい国」「おもてなし」といったフワフワしたかけ声の下に、目先の利益と集客を追ったハコモノづくりとイベント、既存の観光資源のPRに終始する観光行政の現状を本書は鋭く批判する。

著者の山田氏に観光庁長官になってもらえないものだろうか。本書の主張にはそう思わせるだけのものがある。
観光立国の正体  / 藻谷 浩介 / 山田 桂一郎
観光立国の正体
  • 著者:藻谷 浩介 / 山田 桂一郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:新書(272ページ)
  • 発売日:2016-11-16
  • ISBN-10:4106106922
  • ISBN-13:978-4106106927
内容紹介:
地方から日本を再生させるための処方箋を、地域振興のエキスパートと観光カリスマが徹底討論

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2017年2月14日

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