選評

『タタド』(新潮社)

  • 2017/10/21
タタド  / 小池 昌代
タタド
  • 著者:小池 昌代
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(185ページ)
  • 発売日:2010-01-28
  • ISBN:4101307814
内容紹介:
波の音を聞くと、遠い土地に流れ着いた流木のような気分になる-。海辺のセカンドハウスに集まった地方テレビのプロデューサー夫婦と友人二人。五十代の男女四人は浜辺に落ちた海藻を拾い、庭に実る猿の頭ほどの夏みかんを頬ばり、ワインを飲んで、心地よい時間を過ごす。翌朝、四人の関係は思わぬ「決壊」を迎える(川端康成賞受賞・表題作)。日常にたゆたうエロスを描く三編。

川端康成文学賞(第33回)

受賞作=小池昌代「タタド」/他の候補作=桐野夏生「タマス君」、久世光彦「御羽車」、小川洋子「ひよこトラック」、島本理生「Birthday」、加藤幸子「バッツィー」/他の選考委員=秋山駿、小川国夫、津島佑子、村田喜代子/主催=川端康成記念会/発表=「新潮」二〇〇七年六月号

人生の波頭の一瞬を写す四重唱曲

不穏な天候が続く春のある日曜日の午後、東京から車で四時間半の海の家に、四人の成人男女がいた。まず、海の家の持主のイワモト。テレビ業界の末端にしがみついてなんとかしのいできたプロデューサーで、近ごろは自分のことを〈中身の空っぽな古鞄〉だと思わないでもない。妻のスズコは専門誌の元校正者、二十年もイワモトと連れ添っているのに、自分は夫のことをよく分かっていないのではないかと微かな疑問を抱いている。第一の客はスズコの元同僚のオカダ、大腸ガンを病んでいるらしい。第二の客はイワモトの制作するインタビュー番組のホステス役の女優タマヨである。

やっと子育てを終えようやくローンの支払いなども済ませて、人生の重荷から解放されたように見える四人の男女が、海辺で海藻のカジメを拾ってサラダにして食べたり、庭の夏ミカンを噛ったり夏ミカンの風呂に入ってみたり、春の突風に面食らったりして、表面的には他愛のない、平凡な一夜を過ごす。

しかしその下では、さまざまな想念が春の嵐のように吹き荒れていて、それぞれがこの矛盾を良識のようなもので必死で取りまとめている。いまにも壊れてしまいそうな自分を抱えながら、とりとめのない会話を交わし合うアブナイ平衡状態が几帳面に注意深く描かれていて、まるで上出来な室内劇を観ているようだ。もちろん室内劇といっても決してサロン風のものではなく、そこに紛れもなく「現代」が織り込まれているので、手触りはつややかだが、仕上がりは鋭くて苦い。文章は平明かつ分析的でしかも柔軟、四人の心の深層をよく掴み出すことに成功しており、最後の破局は、人生がつねに「突然の出来事」を内包しているという真実を示していてあざやかだ。

人生の波頭の一瞬を、詩人の繊細な言葉がきれいに摘み上げている。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • ISBN:4560080380
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

タタド  / 小池 昌代
タタド
  • 著者:小池 昌代
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(185ページ)
  • 発売日:2010-01-28
  • ISBN:4101307814
内容紹介:
波の音を聞くと、遠い土地に流れ着いた流木のような気分になる-。海辺のセカンドハウスに集まった地方テレビのプロデューサー夫婦と友人二人。五十代の男女四人は浜辺に落ちた海藻を拾い、庭に実る猿の頭ほどの夏みかんを頬ばり、ワインを飲んで、心地よい時間を過ごす。翌朝、四人の関係は思わぬ「決壊」を迎える(川端康成賞受賞・表題作)。日常にたゆたうエロスを描く三編。

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初出メディア

新潮

新潮 2007年6月

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