書評

『もう生まれたくない』(講談社)

  • 2017/11/11
もう生まれたくない / 長嶋 有
もう生まれたくない
  • 著者:長嶋 有
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(226ページ)
  • 発売日:2017-06-29
  • ISBN-10:4062206277
  • ISBN-13:978-4062206273
内容紹介:
大切な人にも見知らぬ他人にも、死はいつも不意打ちで訪れる。死者とともに生きる日常と、何でもない人生のかけがえなさを描く感動作

一度しかない生をまっとうする意思が伝わってくる

「レッドロブスター」で蟹を食べていたら電話がかかってきて、同級生の訃報を知ったことがある。誰に聞いたのかも、当時の自分の気持ちも覚えていない。まだ20代で、自殺だった。いろいろ考えたはずだが、今になって言語化したら何を書いても嘘になる気がする。『もう生まれたくない』で〈誰かが死んだ時、それを知った場所が、記憶に深く刻まれることがある〉という一文を読んで思い出した。ダイアナ妃、スティーブ・ジョブズといった有名人から架空の一般人まで、17件25人の死の記憶と生者の日常をつなぐ長編小説だ。 

登場人物の接点になるのは、敷地に郵便局もあるくらい規模の大きなA大学。学内診療室の受付を務めている春菜が、元X JAPANのTAIJIが死去したという夕刊紙の見出しを読む場面で話は始まる。たまたま診療室に荷物を届けにきた総務部の美里は〈私、その、X JAPANの人にあったことある〉と言いだす。彼女がTAIJIにあったというのは、かつてセガサターンのソフトとしてリリースされたX JAPANのゲームの中だったというくだりがおもしろい。春菜と仲がいい清掃員の神子も誘って3人でそのゲームを見て、美里の勘違いだったとわかるが、あったと感じたことは本当なのだ。

A大学の学生や「現代サブカルチャー論」を教える非常勤講師、美里の離婚した夫も、誰かが死んだという情報に触れて、さまざまなことを話し、思い浮かべる。似たような経験をした人は多いだろうが、他人と交わした会話やめぐらせた思考をそのまま頭のなかに保存することはできない。だいたいは時間の経過とともに消え去ってしまう。普通ならすぐに消えてしまうものが、この小説には留め置かれている。書かれたものという時点で加工された過去の出来事でしかないのに、ものすごくライブ感があるのは、死者の話をしながら相手が身につけているものに触れるなど、現実の生活にもあるノイズがあちこちに入っているからだろう。

生きている人間は気が散る。家族を失ったときでさえ、四六時中死者に意識を集中するのは難しい。しかし本書を読むと、その場、その時にしかない思いを、どんな形であっても大事にしたくなるのだ。後半に、春菜の身近な人が不慮の死を遂げる。葬儀から20日ほど過ぎて、彼女が自分の挨拶を思い出すところがいい。〈「実感」したことを思うままにしゃべった〉という言葉は極端に短かったが、〈たとえば「もっと生きたかったろう」とか「やりたいことがあっただろう」というような「言葉」は、それは今になって「思う」ことだ〉という。悲しみが言葉にならなかったのではなく、紋切り型が嫌なのでもなく、思ってもいないことは言えない。自分の「実感」に誠実な彼女が好きになる。

春菜がスタップ細胞論文の指導者だった笹井芳樹(ささいよしき)、メール問題がもとで国会議員を辞めた永田寿康(ながたひさやす)、病院に対するクレームを書いたブログが炎上した岩手県議・小泉光男の死に触れる終盤は目を瞠(みは)った。彼女は笹井氏に関する記事を読み、スキャンダルの渦中で死を選んだ人々の言語にされなかった〈傷〉を思う。誰かに話そうともSNSで発信しようとも思わない。自分の「実感」だけを頼りに、静かに悼む。どの死も悲しく、『もう生まれたくない』というタイトルには暗い響きもあるけれど、一度しかない生をまっとうする意志が伝わってくる。
もう生まれたくない / 長嶋 有
もう生まれたくない
  • 著者:長嶋 有
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(226ページ)
  • 発売日:2017-06-29
  • ISBN-10:4062206277
  • ISBN-13:978-4062206273
内容紹介:
大切な人にも見知らぬ他人にも、死はいつも不意打ちで訪れる。死者とともに生きる日常と、何でもない人生のかけがえなさを描く感動作

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初出メディア

週刊金曜日

週刊金曜日 2017年7月14日

わたしたちにとって大事なことが報じられていないのではないか? そんな思いをもとに『週刊金曜日』は1993年に創刊されました。商業メディアに大きな影響を与えている広告収入に依存せず、定期購読が支えられている総合雑誌です。創刊当時から原発問題に斬り込むなど、大切な問題を伝えつづけています。(編集委員:雨宮処凛/石坂啓/宇都宮健児/落合恵子/佐高信/田中優子/中島岳志/本多勝一)

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