書評

『やりなおし教養講座』(NTT出版)

  • 2017/11/30
やりなおし教養講座 / 村上 陽一郎
やりなおし教養講座
  • 著者:村上 陽一郎
  • 出版社:NTT出版
  • 装丁:単行本(283ページ)
  • 発売日:2004-12-01
  • ISBN-10:4757140851
  • ISBN-13:978-4757140851
内容紹介:
「理性」と「教養」に邪魔されなければ人間は野放図になるばかり!真っ当な大人になるためのリベラルアーツ入門。

「みっともない」からやめるのです

以前、高校生だった息子に「おやじの時代は壁があってよかったね」と、皮肉まじりに言われたことがある。同じころ、わたしと同世代の教師に、ひとりの女子高校生が、「男らしさや女らしさ、家族、国家……と、自明のことと思われているものがじつは制度にすぎないんだと、次から次へとあたりまえのことを壊していくのはいいけれど、じゃあ、壊したあとどうしたらいいかも教えてください」とくってかかった、という話も聞いた。

その壁はあくまで外の壁だったこと、内になにかたしかな物差しがあったわけでもないことを、この本を読んで確認せざるをえなかった。

「教養」の崩壊、これまで何度も耳にしたことを、この本も強く憂えている。そしてほぼ同時に、わが文部科学大臣がいわゆる学力低下に危機感をつのらせ、「ゆとり教育」の見直し、つまりは知育の強化という方針を打ちだした。

村上陽一郎がここで訴えているのはしかし、知育の復活ではない。むしろ正反対のものだ。

かつてわたしたちの「科学史」の読み方を一新させてくれた村上は、ここで「教養」の意味を問いなおしている。「自分の中にきちんとした規矩(きく)を持っていて、そこからはみ出したことはしないぞという生き方のできる人こそが、最も原理的な意味で教養のある人と言えるのではないか」、と。「みっともない」から、「自分に恥ずかしい」からやめておきましょうという感覚、それを支えるのが「教養」だというのだ。

欧米の教養教育(リベラル・アーツ)の歴史、それに倣った旧制高校の「教養主義」を事細かにたどりながら、欧米の教養教育が「知的エリートの基礎訓練」としてなされてきたことをあきらかにする。医師や弁護士といった高度専門職業人になる前にまずは「良きエリート市民」としての資格を身につけるための教育である。

「教養主義」には知識を競いあうようなところがあるが、「教養」は知識ではなく、ひとつの節度のことだという。「これをやるならやらないほうがまし」という感覚である。自分を超えたもの、自分より優(まさ)ったものを見とどけ、それに従うという態度である。かつてオルテガは、それが見えず、専門性という名の視野の狭さに自足する科学者こそ、エリートどころかむしろ「大衆」の典型だと言い放ったが、おなじように村上は、「誰かが見ているという意識を根拠にして、だからやらないんだという振舞(ふるま)い方は、私はちゃんと残しておいていい人間の姿だと思うんですよね」という。そのためには、「可能な選択肢をできるだけ多く体験すること」、つまり自分が依拠しようとする枠組みを選択し、十分に練るだけの時間が要るという。

ヒューマニティの語源であるラテン語「フムス」には、腐植土という意味がある。その意味するところに、村上の「教養」は深くこだわる。
やりなおし教養講座 / 村上 陽一郎
やりなおし教養講座
  • 著者:村上 陽一郎
  • 出版社:NTT出版
  • 装丁:単行本(283ページ)
  • 発売日:2004-12-01
  • ISBN-10:4757140851
  • ISBN-13:978-4757140851
内容紹介:
「理性」と「教養」に邪魔されなければ人間は野放図になるばかり!真っ当な大人になるためのリベラルアーツ入門。

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朝日新聞

朝日新聞 2005年2月20日

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