王道行くための若者へのバトン
いまやカリスマ的漫画家の一人となった荒木飛呂彦(ひろひこ)による、はじめての漫画指南書である。本書の目的はその冒頭に、きわめて明快に記されている。すなわち「王道漫画」を描くための「黄金の道」を示すこと。荒木飛呂彦が王道?と不思議に思う人がいるかもしれない。確かに代表作『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズは、『週刊少年ジャンプ』の中にあって異色作品として際立っていた。好みの分かれる絵柄、「ジョジョ立ち」に代表されるねじれたポージング、個性的にもほどがあるセリフなど、ほとんど異端の作品である。
しかし、二〇年前にインタビューした経験から、評者は荒木が少しもぶれていないことを知っている。彼は当時から「王道」を自負していた。そして二〇年後、荒木が「異端にして王道」だったことは十分に証された。現在、荒木ほどジャンルを越えて尊敬されている表現者は、他にみあたらない。漫画家はもちろん、小説家、音楽家、映画監督、アーティストなど、あらゆる領域に熱狂的な荒木ファンが存在するのだ。
ならば、その王道漫画はいかにして成立するか。荒木はその要素を「基本四大構造」の図式に簡潔に整理する。すなわち(1)「キャラクター」、(2)「ストーリー」、(3)「世界観」、(4)「テーマ」である。この四要素は互いに深く絡み合い、影響し合っていて、そのすべてを統括するのが「絵」という最強ツール、さらにそれをセリフという「言葉」が補うことで漫画が成立するのだという。この意味で荒木は、漫画を一つの世界ないし宇宙を内包する、最強の「総合芸術」であると述べる。
「王道」とは、この四要素のバランスが取れた作品のことであり、そうした作品が古典になるのだ、と荒木は力強く宣言する。その上で、四要素それぞれについて、荒木自身の実体験や自作解説を交えながら懇切丁寧に説明がなされる。個人的に最も興味深かったのは、荒木流の「キャラクターの作り方」だ。ファンには有名な話だが、彼はキャラクターを作る際、必ず「身上調査書」を作成する。そこには名前や年齢はもちろん、六〇項目以上にわたり生活歴や学歴、趣味や特殊能力などが書き込まれている。キャラクターの外見なども、この身上調査書の内容にマッチするように作り込んでいくことで、唯一無二の個性的キャラクターが完成する。漫画においては、ストーリー以上に「キャラクターを立てる」ことが重要になる。愛着をこめて作り込まれたキャラクターが動き出せば、それだけで漫画が成立するからだ。
ストーリー作りで興味深いのは、「主人公は『常にプラス』」という鉄則である。王道漫画では、主人公は時にピンチに陥ることはあっても、常に勝利しなければならない。読者心理に配慮してのことでもあるというが、『ジャンプ』の人気作品を思い浮かべると、確かにこのルールは徹底されているように思える。
自身の漫画の「テーマ」について、荒木は「人間讃歌」、すなわち「人間は素晴らしい」という前向きな肯定であると述べる。そう、その意味で本書は(著者も述べるとおり)漫画のマニュアルなどではない。その行間には、荒木自身の「漫画とは何か?」という問いがかいま見える。だからこそ本書は、優れた漫画を描きたいという気高い志を持ったすべての(あるいはたった一人の)若者に手渡されたバトンであり、さらに先を目指すための「地図」たりえたのだ。