新たな、複雑な創造への「指南書」
漫画家・荒木飛呂彦は、代表作『ジョジョの奇妙な冒険』で知られる国際的な人気作家であるのみならず、小説家、ミュージシャン、俳優、医師、研究者など、ジャンルを超えて熱狂的なファンが多いことで知られる(むろん評者もその一人だ)。その圧倒的な画力もさることながら、独特の「奇妙な」ストーリーが、人々を魅了してやまない。異色とみなされがちなその作風を、荒木自身は「王道」と呼ぶ。その王道を伝授すべく10年前に書かれた前作『荒木飛呂彦の漫画術』はベストセラーとなった。本書はそこからさらに深い話を伝えるべく書かれた続編である。
前作を受けて荒木は、まず漫画の基本四大構造から説き起こす。四大構造とはすなわち、(1)キャラクター、(2)ストーリー、(3)世界観、(4)テーマであり、絵とセリフはこの四つを増補・統括するためのツールであるという。ここで重要となるのが「融合」という概念だ。名作と呼ばれる漫画は、さきの四大構造はもとより、タイトルからキャラクターの名前に至るまで、あるべき姿に向かって融合・統一されているという。
キャラクター作りの項目では、まず「動機」が重要であり、その上でキャラクターの特徴を詳細に記した「身上調査書」を作成する。ここで浮上してくるのが、ストーリーを重視するとキャラクターが弱くなるという問題である。評者の考えでは、これは漫画に限った話ではなく、小説や映画でも同様の傾向がある。言い換えるなら、この双方が互いに高め合うような作品が「名作」ということになろうか。
「テーマ」の箇所では、なんと「ジョジョ」のテーマが開示される。荒木自身が一番怖いことを考えた結果「先祖のわけのわからない因縁が世代を超えて自分に降りかかってくる」ことだ、というのだ。「ジョジョ」が血統や宿命を繰り返し描く理由がよくわかる。
本書の主題である「悪役の作り方」について、荒木はまず「主人公と悪役をセットで考える」ことを推奨する。特に「ジョジョ」初期の悪役ディオの造形は、主人公ジョナサンを上回る魅力的なものになっていった。ちなみに荒木のデビュー当時、少年漫画で悪役の背景を緻密に設定したのは画期的なことだった。
以上のような「理論」をベースに、ジョジョシリーズの歴代敵キャラの造形プロセスが解説される。興味深いのは、敵キャラの造形が時代と共にどんどん複雑になっていく過程である。もはや主人公VS敵キャラという勧善懲悪の構図ではなく、善と悪が複雑に入り混じり、敵と味方という区分も曖昧化していく。最新の第九部では、敵はもはや人間ではない「溶岩」のような存在になっていく。
さらに応用編としては、短篇「ホットサマー・マーサ」の制作過程が詳しく解説されている。ここで悪役とされている泉京香は、主人公である岸辺露伴の担当編集者であり、倒すべき敵役などではない。つまり荒木理論は、善と悪の二項対立から出発して、かつてないほど複雑な戦い=関係性を創造しつつあるのだ。その意味で本書は、漫画の懇切な指南書と言うよりは、作家が進化し続けるための初期設定が記された本、とみなすべきかもしれない。