書評

『斎藤昌三 書痴の肖像』(晶文社)

  • 2017/12/22
斎藤昌三 書痴の肖像 / 川村 伸秀
斎藤昌三 書痴の肖像
  • 著者:川村 伸秀
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(502ページ)
  • 発売日:2017-06-10
  • ISBN:4794969643
内容紹介:
明治・大正・昭和を生きた斯くも面白き出版人!風変わりな造本でいまなお書物愛好家を魅了し続けている〝書物展望社本〟――その仕掛け人・斎藤昌三の人物像と彼をめぐる荷風、魯庵、茂吉、吉野作造、梅原北明ら書痴や畸人たちとの交流を描き出し、日本の知られざる文学史・出版史・趣味の歴史に迫った画期的労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。

地下水脈的ネットワークの中心にいた奇人

歴史にはときとして人物交差点のような人が現れる。その人自身の業績もさることながら、親しく付き合ったり反目したりした人たちがあまりに多彩なので、この人物交差点を中心に据えた「交際事典」のようなものをつくったらーつの時代がまるごと浮かび上がるのではと夢想したくなるような人物である。

故・山口昌男の『内田魯庵(ろあん)山脈――〈失われた日本人〉発掘』はそうした「交際事典」的な一冊だったが、山口昌男に私淑した著者は、『坪井正五郎――日本で最初の人類学者』に続いて、「書痴」斎藤昌三に目をつけた。

内田魯庵山脈――〈失われた日本人〉発掘  / 山口 昌男
内田魯庵山脈――〈失われた日本人〉発掘
  • 著者:山口 昌男
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(384ページ)
  • 発売日:2010-11-17
  • ISBN:4006002459
内容紹介:
明治から昭和初期にかけて健筆をふるった内田魯庵(一八六八‐一九二九)。彼はドストエフスキーやトルストイをいち早く日本に紹介したことで有名だが、他方趣味や遊びを共にした市井の自由人たちのネットワークの形成に大きな影響を与えた。本書は魯庵を手がかりに、近代日本の埋もれた知の水脈を発掘する歴史人類学の試みである。上巻では西沢仙湖、林若樹、坪井正五郎、清水晴風ら雑誌『集古』につどった人々が取り上げられる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

坪井正五郎―日本で最初の人類学者 / 川村 伸秀
坪井正五郎―日本で最初の人類学者
  • 著者:川村 伸秀
  • 出版社:弘文堂
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2013-09-12
  • ISBN:4335561202
内容紹介:
登場人物800余人。学者、作家、画家、在野の粋人、企業人から職人、役者、華族、官僚、軍人まで彩り豊かな人々との交流を生き生きと描いた初の評伝。自由闊達、独立独歩、機智に富んだ人柄に誰もが感嘆する。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

では、斎藤昌三とはいかなる人物なのか?

神奈川県座間に明治二〇年に生まれ、原合名会社社員時代に古本、性神、蔵書票などの収集癖に目覚め、同好者たちと『おいら』『芋蔓(いもづる)草紙』『愛書趣昧』などの趣昧雑誌を発行した後、書物展望社に拠(よ)って凝った造本の書物を世に送り出した大収集家・古書研究家と要約することができるだろう。

しかしこれでは斎藤昌三について何も語っていないに等しい。斎藤昌三の場合、彼自身よりも彼がつくりあげたネットワークこそが「作品」といえるからである。

では、そのネットワークにはどのような人物が関係していたのか?

まず、神田神保町に開いた文具店「五車堂」の客として竹久夢ニ、淡島寒月などがいる。郷土趣味(性神収集)雑誌『おいら』を主宰していたときには奇人・三田平凡寺(漫画家・夏目房之介の祖父)と趣味の解釈を巡って対立。『芋蔓草紙』ではアメリカの人類学者フレデリック・スターと親しくなり、『愛書趣味』を発行したさいには柳田泉、木村毅という在野の明治文化研究家と知り合う。それがきっかけとなり吉野作造の明治文化研究会に加わって尾佐竹猛(たけき)、石井研堂、宮武外骨といった大収集家・研究家と親しく交わる。その一方では、発禁本の帝王・梅原北明に関係し、「変態十二史シリーズ」の一冊を担当する。さらに主宰した書物雑誌『書物展望』では多くの文化人を寄稿陣に抱えるかたわら山中笑(えむ)、内田魯庵、淡島寒月、柳田國男、藤田嗣治などのいわゆる「ゲテ本」(命名・柳田國男)を刊行し、日本におけるリトル・プレス本の先鞭(せんべん)をつける。

しかし、本書がユニークなのは、斎藤昌三の自伝を批判的に読み、登場する人物の証言で裏を取るという批判点検作業の中から思いもかけぬ事実を浮かび上がらせている点である。たとえば、『愛書趣味』の寄稿者として知られた謎のダンサー花園歌子を追った章。花園歌子は明治薬専を卒業しながら新橋芸者となり、「女優派出」と「お座敷ダンス」を売りにしたパンタライ社の黒瀬春吉の影響を受けて古書・風俗研究家として売り出すが、黒瀬の客死後は作家・正岡容(いるる)の妻に収まり、黒瀬に操られた過去を告白した文章を発表する。この花園歌子に対する著者の分析はこうである。

歌子は黒瀬の死によって彼の支配から逃れたが、長い間に黒瀬によってマインド・コントロール下で生きることに馴らされてしまい、そこに安心感を抱くようになっていたとすれば、今度は正岡容といっ強烈な個性に惹(ひ)かれ、彼女自身が気づかぬままに、自然とその支配下にあったと考えることはできないだろうか

収集癖、愛書趣味、発禁本研究といった、公式の文化史には決して現れてこない地下水脈的ネットワークの中心にいた奇人の評伝にして「大正・昭和交際事典」という類例のない大労作である。
斎藤昌三 書痴の肖像 / 川村 伸秀
斎藤昌三 書痴の肖像
  • 著者:川村 伸秀
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(502ページ)
  • 発売日:2017-06-10
  • ISBN:4794969643
内容紹介:
明治・大正・昭和を生きた斯くも面白き出版人!風変わりな造本でいまなお書物愛好家を魅了し続けている〝書物展望社本〟――その仕掛け人・斎藤昌三の人物像と彼をめぐる荷風、魯庵、茂吉、吉野作造、梅原北明ら書痴や畸人たちとの交流を描き出し、日本の知られざる文学史・出版史・趣味の歴史に迫った画期的労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年9月24日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
鹿島 茂の書評/解説/選評
ページトップへ