書評

『世紀末異貌』(三省堂)

  • 2018/01/14
世紀末異貌 / 高山 宏
世紀末異貌
  • 著者:高山 宏
  • 出版社:三省堂
  • 装丁:ハードカバー(349ページ)
  • 発売日:1990-06-00
  • ISBN:4385353603
内容紹介:
百貨店やサーカスが誕生し、旅行や探偵小説が流行し、オリンピックが始まる。-社会全体にかかわる大きなうねりとしての、もうひとつの「世紀末」。
唐突な連想で恐縮だが、高山宏氏の近著『世紀末異貌』を読みながら、しばらく前に巷(ちまた)に溢(あふ)れていたバットマンのマークを思い出した(事務局注:本書評執筆は1990年)。黄色地の楕円(だえん)の中でコウモリが翼を広げているあのマークである。私は最初、このマークの黄色と黒を逆転して読んでいたので、子供が大口をあけて舌と喉彦(のどびこ)を覗かせている図と了解し、それにしても変なマークがはやっているものだと思っていたのだが、あるとき、バットマンの胸にこのマークが輝いているポスターを見て愕然(がくぜん)とした。

高山氏が『世紀末異貌』において志向していることは、いってみれば、このバットマン・マークの黄色と黒の逆転に近い。すなわち氏の方法は、いままで隠されていた世紀末の巨人たちの側面や人知れず埋もれていた異端に再評価の光を当てるという、一昔前に流行した復権作業とは根本的に異なり、従来、我々が常に目にしながら受け売りの紋切り型で了解し、事足りていた世紀末の様々なファクターを独創的な視点によって反転させ「よく知られたものを《異貌》として断面させる」ことにある。

たとえば、シャーロック・ホームズと吸血鬼ドラキュラという大衆文芸の二大ヒーローは、フロイトが夢というアモルフなものを精神分析という合理性に「回収」したのと同様に、近代的な知が、無気味な犯罪や民話的な恐怖を、新聞記事や日記の断片の集合というデータ・ベースに基づいて「モノリシカル(一枚岩的)」な枠組の中に収斂(しゅうれん)していく際に生み出されるイマジネールな存在であると看破される。また、世紀末に虚無と倦怠(けんたい)から「純粋美」の極北へと旅立った詩人という、俗流イメージの流布しているマラルメは産業革命によって圧倒的な量でつくりだされた《もの》のインフレで「言葉」が媒介者たり得なくなった社会において、世界との関わりを持たない自閉的システムとしての言語を夢想した記号論理学者と断定され、アルス・コンビナトリア(組み合わせ術)の技師というその属性により、デパートの発明者アルフレッド・ブシコーと、広告王フィニアス・バーナムへと通底される。なぜならブシコーやバーナムは「かつての範疇(はんちゅう)の立て方を壊し、かけはなれたもののとんでもない併置」を実現することで商品を使用価値から交換価値へと転換し、「商品の非―実体化」を促した、富という記号の管理者であったからだ。

このほか、シルキュラシオン(循環/流通)、時間t、アンテリュール(室内)、リフレクション(反射/瞑想)、スペクタクル、数学、サブライム(崇高美)、テクスト(物語/織物)、《南》、球体等々の、人の意表を突く係数の導入により、ルイス・キャロル、奇書『ロジェの宝典』、ジュール・ヴェルヌ、切り裂きジャック、チェスタートン、アガサ・クリスティー、ピエール・ド・クーベルタン、スポーツと自転車、バーン=ジョーンズ、ジャン=レオン・ジェロームなどの世紀末のキラ星たちが、次々に召喚され、連結・分離されて、突如「異貌」のもとに姿を現す。

と、ここまで本書の紹介を書いてきて、筆者は高山氏をしてこうした果てしない《異貌狩り》へと赴かしむる原動力はいったい何なのかという疑問に突き当たったが、どうやらその答えは、本書に頻出する次のような独白にあるようだ。「ちなみにキャロルは一八九八年に没したがそれこそマラルメの没年と同じ年ということであろう。(……)そして、白いエクリチュールにこだわり続けたボルヘスがその年に生まれているということ」「二ーチェ(一九〇〇年没。すごい年に死んだものだ)を正確な同時代人にして、この奇なテクスト〔『吸血鬼ドラキュラ』〕は一八九七年という年に発表されたのである」。こうした同時代性へのこだわりは必ずしも本書が十九世紀末という時代に考察の対象を限定していることからきているわけではない。むしろそれは、高山氏が根っからのサンクロニック(共時的)な思考の持主であり、「同時代性」という《手術台》の上で「ミシンとこうもり傘」が出会うと、マラルメやブシコーと同じくアルス・コンビナトリアの技師としての腕をふるわずにはいられなくなるからだと推測する。

それにしても、と筆者は本書をひもときながらつくづく考える、我々はあの忌まわしい影響関係というディアクロニック(通時的)な思考法になんとまあ毒されているのか、そして、高山氏ひとりがこの呪縛(じゅばく)から自由であることかと。

なお、本書を彩る数多くの図版も素晴らしく、モデルニテの文化が《表象》による《刷り込み》で支えられていたことを否応なしに思い知らせてくれる。嫉妬を禁じえない本である。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN:4094084010
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

世紀末異貌 / 高山 宏
世紀末異貌
  • 著者:高山 宏
  • 出版社:三省堂
  • 装丁:ハードカバー(349ページ)
  • 発売日:1990-06-00
  • ISBN:4385353603
内容紹介:
百貨店やサーカスが誕生し、旅行や探偵小説が流行し、オリンピックが始まる。-社会全体にかかわる大きなうねりとしての、もうひとつの「世紀末」。

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初出メディア

図書新聞

図書新聞 1990年8月25日

週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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