書評

『イデアの洞窟』(文藝春秋)

  • 2018/01/24
イデアの洞窟 / ホセ・カルロス・ソモザ
イデアの洞窟
  • 著者:ホセ・カルロス・ソモザ
  • 翻訳:風間 賢二
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • 発売日:2004-07-21
  • ISBN-10:4163231900
  • ISBN-13:978-4163231907
内容紹介:
「古代ギリシア、アテネ。野犬に食い殺されたとおぼしき若者の死体が発見される。だが不審を抱いた者がいた-"謎の解読者"と異名をとる男、ヘラクレス。調査に乗り出した彼の前に現わ… もっと読む
「古代ギリシア、アテネ。野犬に食い殺されたとおぼしき若者の死体が発見される。だが不審を抱いた者がいた-"謎の解読者"と異名をとる男、ヘラクレス。調査に乗り出した彼の前に現われるさらなる死体。果たしてこの連続殺人の真相は…」という書物『イデアの洞窟』。その翻訳を依頼されたわたしは、物語世界を傷つけかねない頻度でちりばめられた象徴群に不審を抱く。ギリシアで「直観隠喩」と呼ばれた技法だった。だが『イデアの洞窟』のそれは過剰すぎた。やがて身辺に怪事が頻発しはじめ、わたしは何者かに監禁されて…という異形の形式が驚愕の結末へと読者を導く破格のミステリ。めくるめく謎の迷宮に「作者探し」の興趣も仕込む、イギリス推理作家協会最優秀長篇賞受賞作。
古代ギリシャのアテネで、野犬に食い殺されたとおぼしき若者の死体が発見される。だが、その見立てに不審を抱いた者がいた。それは「人の容貌や事物の外観を、それらがあたかもパピルスででもあるかのように読むことができる」〈謎の解読者〉の異名をとる男、ヘラクレス。若者が通っていた、哲学者プラトンが運営する学園の教師ディアゴラスの依頼を受けて調査に乗り出した彼の前に、しかし、第二、第三の死体が現れて――。

という粗筋だけを聞くと、歴史ミステリーかと思うでしょ? ちっがうんだなー。でもって、これはヘラクレスを探偵役にした書物『イデアの洞窟』の翻訳を依頼された「わたし」による注釈がつけられたメタミステリーで――という説明も不十分。二重三重のトラップがしかけられた実に剣呑(けんのん)な小説なんであります。アテネを舞台にした物語は、自信たっぷりな探偵がその論理性ゆえに事件を”誤読”していくというアンチ・ミステリーの意匠をまとっており、翻訳者による注釈のパートは『イデアの洞窟』にちりばめられた「直感隠喩」的な表現の解釈を”誤読”し続けてノイローゼと化していく男のドタバタを描き、それぞれ独立して読める小説になっており、しかも、最後にはこの二つの物語全体を包括する大きなフレームまで提示されるという、メタの上にもメタを重ねた作品になっているのだ。個人的には「直感隠喩」に翻弄される翻訳者の挙動不審ぶりがかなり可笑しくて◎。「ところで、直感隠喩って何よ」と思ったあなたなら、きっと楽しめる小説です。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

イデアの洞窟 / ホセ・カルロス・ソモザ
イデアの洞窟
  • 著者:ホセ・カルロス・ソモザ
  • 翻訳:風間 賢二
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • 発売日:2004-07-21
  • ISBN-10:4163231900
  • ISBN-13:978-4163231907
内容紹介:
「古代ギリシア、アテネ。野犬に食い殺されたとおぼしき若者の死体が発見される。だが不審を抱いた者がいた-"謎の解読者"と異名をとる男、ヘラクレス。調査に乗り出した彼の前に現わ… もっと読む
「古代ギリシア、アテネ。野犬に食い殺されたとおぼしき若者の死体が発見される。だが不審を抱いた者がいた-"謎の解読者"と異名をとる男、ヘラクレス。調査に乗り出した彼の前に現われるさらなる死体。果たしてこの連続殺人の真相は…」という書物『イデアの洞窟』。その翻訳を依頼されたわたしは、物語世界を傷つけかねない頻度でちりばめられた象徴群に不審を抱く。ギリシアで「直観隠喩」と呼ばれた技法だった。だが『イデアの洞窟』のそれは過剰すぎた。やがて身辺に怪事が頻発しはじめ、わたしは何者かに監禁されて…という異形の形式が驚愕の結末へと読者を導く破格のミステリ。めくるめく謎の迷宮に「作者探し」の興趣も仕込む、イギリス推理作家協会最優秀長篇賞受賞作。

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初出メディア

ダ・ヴィンチ

ダ・ヴィンチ 2004年10月

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