書評

『ミスターX』(東京創元社)

  • 2018/02/13
ミスターX〈上〉 / ピーター ストラウブ
ミスターX〈上〉
  • 著者:ピーター ストラウブ
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(469ページ)
  • ISBN:4488593011
内容紹介:
生日のたびに繰り返し見る悪夢。そこにいつも現れては、見ず知らずの人々を惨殺していく黒衣の男。母の危篤を直感し、故郷に急ぐ旅の途上で、不吉な痕跡を残していくもう一人の自分…帰郷と共にネッドが垣間見る血族の謎。一方、怪奇小説を耽読し『ダンウィッチの怪』を己が聖書と崇めるミスターXは、積年の殺意の標的をまさに捉えようとしていた。ブラム・ストーカー賞受賞。
悪魔憑き、吸血鬼、食屍鬼(グール)、狼男、魔性の女、古今東西のあらゆる恐怖のイコンを、幽霊譚というでっかい器にぶち込んだ、メタフィクショナルな超傑作モダン・ホラー『ゴースト・ストーリー』(ハヤカワ文庫)で知られるストラウブの、待望の新作が訳出された。『ミスターX』。豊潤な物語性に圧倒されるばかりの、ジャンルを越境して全ての小説好きを魅了せずにはおかない、これまた超傑作としかいいようのない大長篇なのだ。

見ず知らずの人々を惨殺する黒衣の男。ネッド・ダンスタンは幼い頃から誕生日のたびに、そんな幻視に悩まされてきた。やがて大人になったネッドは、母親の危篤を直感し故郷に急ぐ旅の途上で、自分の先を越しては奇妙な痕跡を残すもう一人の自分の存在を知る。帰郷と共に明かされる一度も会ったことのない父の名前、複雑な血縁関係、そしてダンスタン一族に伝わる不思議な能力の数々。黒衣の男とは実在するのか、もう一人の自分とは何者なのか――。少年時代からラヴクラフトの恐怖小説を聖書と崇める謎の人物”ミスターX”の独白の章を挟みながら、数々の謎が少しずつ明らかになっていく。

主流小説&ジャンル小説のハイブリッド作家として知られるストラウブらしく、C・B・ブラウンやメルヴィル、ナサニエル・ホーソーンといったアメリカ一九世紀ロマン派作家への目配せを利かせた馥郁(ふくいく)たる読み心地が魅力。また、トンデモ人間大集合のごときダンスタン一族の肖像は、米南部文学の特長であるホラ話に見られるグロテスクなユーモアをまとって実に愉快だ。

とはいえ、やはり引用の中心をなすのはクトゥルー神話。新開地であるアメリカの原風景を、暗黒神の復活という物語で幻視したラヴクラフトの小説の骨法を、ストラウブは誠実になぞっている。暗い出生の秘密を持つ主人公の帰郷→過去の因縁を知る怪しい人物との遭遇→古文書や魔道書の発見→超常現象→主人公に迫るこの世のものならぬ魔手、といった定型を踏むあからさまな本歌取りに挑戦しているのだ。これは生半可な自信ではとてもできない所行。というのも、マニアックなクトゥルー・ファンの目が怖ろしい上に、追随作家たちによって数多く生み出されてきた新クトゥルー神話超えを期待されても仕方ないからだ。その高いハードルを、ストラウブは自分自身の影(ドッペルゲンガー)探し、本当の父親探しというサブテーマを置くことでクリアしている。

おどろおどろしい化け物が地下から這い出してくる、昏い幻視の魅力ばかりが取り沙汰されるラヴクラフトの世界に、精神の内奥から生じるリアルな人間ドラマを加味することで、物語としての厚みを獲得しているのだ。しかも最後の一節を読むに至って、ドッペルゲンガーのネタが”信用ならざる語り手”の効果を生み出し、気味の悪さがボディブローのようにじんわり効いてくるといった趣向までがこらされている。……ストラウブって、ホントに凄いっ。



【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN:4757211961
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ミスターX〈上〉 / ピーター ストラウブ
ミスターX〈上〉
  • 著者:ピーター ストラウブ
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(469ページ)
  • ISBN:4488593011
内容紹介:
生日のたびに繰り返し見る悪夢。そこにいつも現れては、見ず知らずの人々を惨殺していく黒衣の男。母の危篤を直感し、故郷に急ぐ旅の途上で、不吉な痕跡を残していくもう一人の自分…帰郷と共にネッドが垣間見る血族の謎。一方、怪奇小説を耽読し『ダンウィッチの怪』を己が聖書と崇めるミスターXは、積年の殺意の標的をまさに捉えようとしていた。ブラム・ストーカー賞受賞。

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初出メディア

ダカーポ(終刊)

ダカーポ(終刊) 2002年2月17日

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