書評
『反社会学講座』(筑摩書房)
社会問題の虚偽、がんがん暴きます
著者はイタリアの花売り娘を母として生まれ、今は幕張に住み、立ち食いそばのバイトと大学講師をしています。姓もなんだか嘘(うそ)くさい感じがします。ところが本書は、社会学の方法の精髄を抽出し、誰にでも社会学ができることを証明しつつ、社会学的思想に挑むというじつに真っ当な志に貫かれています。
社会学的思想とは何か。「世の中が悪くなったのは、自分以外の誰かのせいだ」という考えです。自分は努力せずに世の中を良くできる、とても幸せな思想です。
例えば、近頃の若者はけしからんと思ったとします。世の中が悪いのは、けしからん若者のせいだ。社会学はこういう直感をとても大事にします。親のスネばかりかじっている。聞けば、アメリカの学生は自分で学費を払っているというではないか。伝聞に基づいて、すぐれた先進国とダメな日本を比較することも忘れてはならない技術です。パラサイトシングルは日本に一〇〇〇万人もいるのだ! データで脅しをかけたあとは、結論です。パラサイトシングルを何とかしないと、このままでは日本は滅びる。少子化で、税収も年金制度も危ないというのに。
著者はこれに反論します。一〇〇〇万の若者が一人暮らしを始めれば、住宅は貸手市場に転じます。ITバブルでシリコンバレーに技術者が大量流入したとき、家賃急騰のあおりで、五年間で一万人の労働者がホームレス状態になった先例があるのです。日本でも同じことが起こり、家賃は若者の支出の五分の一以上を占めるので、若者全員が苦しい経済状態に陥ります。その莫大な家賃は、自分が住む住宅以外に余分な賃貸し用の住宅をもつ金持ちのところに行くのです。これでもパラサイトシングルを撲滅して、金持ちをもっと金持ちにしますか?
こんな調子で、著者は、青少年の凶悪犯罪、フリーター、学力低下、少子化といった社会学者のお得意な問題の虚偽をがんがん白日のもとに暴いていきます。「ふれあい」が大好きな朝日新聞のユニークな感性も標的にされています。暑い夏、おやじたちの熱い憂国の心をクールダウンするのにもってこいの好著です。
朝日新聞 2004年8月22日
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