書評
『ミゲル・ストリート』(岩波書店)
故郷への愛情込めた物語
ミゲル・ストリートは、トリニダード・トバゴの首都ポート・オブ・スペインの下町にある通りの名だ。南米ベネズエラ沖合にある二つの島から構成されるこの国は、英国植民地時代を経て第二次世界大戦後に独立した。インドからの移民も多く、カリプソ音楽などの独自文化が栄えていることがよく知られている。二〇〇一年にノーベル文学賞を受賞したイギリスの作家、V・S・ナイポールは独立前のこの島の出身である。インド系移民の子として生まれたナイポールは渡英し高等教育を学んだ後、若くして作家としてデビューした。本作は三冊目として刊行されたが、最初に書き上げられた実質的な彼の第一作にあたる。
作者自身を思わせる少年「僕」が物語の語り手である。作家として立つことを目指していた若き日のナイポールがこの島での暮らしを複雑な思いで振り返っていることは、映画スターをまねて「ボガート」とあだ名される男を描いた話や、自分を詩人ワーズワースの弟だと名乗る男を描いた話からうかがい知ることができる。
とりわけ、英国留学のために猛勉強したが叶(かな)わなかった島随一の「天才」少年エリアスが、衛生検査官という仕事を次に求め、地元より試験が簡単とうわさされる英領ギアナ、バルバドスなどを飛び回るがことごとく落ち、最後は島の少年があこがれた「ゴミ収集カート」の運転手となるという話(「彼の天職」)は象徴的だ。
遠く離れた欧州での戦争が終わり、この島にアメリカ軍がやってくる。語り手の「僕」は島をでていくことを決め、未来への希望を胸に飛行場に向かって歩く「僕」の姿を描いて物語は終わる。
ナイポールはのちの作品では第三世界の現実を批判的に描いていくことになるが、本作の印象は全編を通してあっけらかんと明るく、このときのナイポールが去りし故郷を愛情を込めて描いていたことは間違いない。当時の批評家はこの作品を「ポーギーとベス」やマーク・トウェーンの作品に喩(たと)えて称賛しているが、その言葉を裏切らない新鮮な魅力を、いまなお湛(たた)えつづけている。
初出メディア

共同通信社 2005年3月31日
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