書評

『沈むフランシス』(新潮社)

  • 2018/08/15
沈むフランシス / 松家 仁之
沈むフランシス
  • 著者:松家 仁之
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(184ページ)
  • 発売日:2013-09-30
  • ISBN-10:4103328126
  • ISBN-13:978-4103328124
内容紹介:
郵便配達車で村を巡る女と川のほとりに住む男。北海道の自然の中での暮しとある恋愛の深まり。五官のすべてが開かれる魅力的な中篇。

あらためて証明した力量

編集者から小説家に転じ、デビュー作の長編「火山のふもとで」で読売文学賞を受賞した著者の2作目。

東京での生活と、13年間つとめた仕事に区切りをつけた桂子という女性が、中学時代を過ごした北海道東部地方に戻ってくる。かつて住んだ町にほどちかい、人口800人ほどの村で、非正規雇用の郵便配達員の職を見つけたのだ。

村の暮らしにも慣れたころ、桂子は配達先の一人の男と知り合う。男は自然音や生活音を収集し、高音質の機器で再生するという趣味をもっていた。男からの性的な誘いを桂子はあっさりと受け入れ、二人は定期的に会うようになる。青年期を過ぎ、北国で新たな人生を模索する彼女は、まだ得体(えたい)のしれないところのある男に心ひかれていくが、噂(うわさ)はすぐに広まり、やがて桂子は男の不実を知らされる。

男は「フランシス」と名づけた水車のある小屋の近くで暮らしている。村の電力は水車がうみだすエネルギーによってまかなわれており、「フランシス」は男の暮らしだけでなく、この村全体の運命とも深く結びついている。この作品を深いところで駆動させているのは、この「フランシス」のもつ象徴性だ。

郵便配達員である桂子は、人びとのプライバシーを知りうると同時に、自らのプライバシーにも制約があるという、両義的な立場にいる。だが村のコミュニティーは桂子を断罪するどころか、その再生を静かに見守る。なかでも視力を失った老婦人は、まるで神話に登場する人物のように、啓示的な言葉により桂子の導き手となる。

北海道の架空の村を舞台にした、「大人のためのファンタジー」ともいえる本作は、長編というより中編というべき作品。端正ななかにも不気味さとエロティシズムを湛(たた)えた筆致で、力量をあらためて証明したこの作家の、次の本格的な長編にも期待したい。
沈むフランシス / 松家 仁之
沈むフランシス
  • 著者:松家 仁之
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(184ページ)
  • 発売日:2013-09-30
  • ISBN-10:4103328126
  • ISBN-13:978-4103328124
内容紹介:
郵便配達車で村を巡る女と川のほとりに住む男。北海道の自然の中での暮しとある恋愛の深まり。五官のすべてが開かれる魅力的な中篇。

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初出メディア

共同通信社

共同通信社 2013年11月7日

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