書評

『ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語』(現代企画室)

  • 2018/03/12
ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語  / キム スコット
ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語
  • 著者:キム スコット
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(447ページ)
  • 発売日:2017-06-02
  • ISBN:4773817119
内容紹介:
アボリジニにルーツを持つ作家が、オーストラリア現代文学に切り拓いた新たな地平。先住民と入植者が育んだ幸福な友情と対立の物語。

豪州の多文化・多民族共生への希望

本書の版元は一年に一作ずつ豪州文学を翻訳出版し、十年がかりで全十巻の「オーストラリア現代文学傑作選」を編むという、じつに腰の据わった叢書(そうしょ)を刊行している。本書はその五冊目にあたる。

先住民と欧米人との接触を扱った、いわゆる「コンタクト・ノベル」だ。前回、叢書の一冊として刊行されたケイト・グレンヴィルの『闇の河』は、ロンドンからシドニーへの入植者側から描かれる物語だったが、本作は先住民ヌンガルの少年を主な視点人物にし、アボリジニの側から語られる。作者はヌンガルの父と白人の母をもつ。

舞台は西オーストラリアの南岸、現在のアルバニーのあたりである。西オーストラリアで最も早く植民地化が進んだ土地であり、入植者とアボリジニの「交流」が比較的おだやかに行われた「友好的フロンティア」とも称された。本書の物語は時間軸がジクザグに進んでいくが、いちばん古い年号は一八二六年、イギリスのニュー・サウス・ウェールズからこの地に駐屯隊が派遣された年である。ただしそれ以前から、水平線には何隻かの船の帆影が見えていた。

主人公は、最初は九歳のボビー・ワバランギンと呼ばれる少年。「ボビー」という名は入植白人たちにつけられた愛称であり、「ワバランギン」はヌンガルの言葉で、「わたしたちみんなでいっしょに遊ぶ」ことを意味する。少年は天性の歌とダンスの才能、不思議なカリスマ性で、幼くして土地の人々を率いる存在になり、一方、入植者たちにも、その愛嬌(あいきょう)ゆえにかわいがられ、アボリジニとイギリス、ヨーロッパ、アメリカの人々を結ぶ架け橋となる。

欧米から渡ってきた人々も多種多彩だ。港の仕切りと水先案内人をしている元軍人のアレクザンダー・キラム、流刑囚で仮出獄中のスケリー、ボビーを家に温かく迎え入れる交易商のジョーディー・チェーンと妻、ふたりの娘でボビーとの間に淡い恋が芽生えかけるクリスティーン、捕鯨船から逃げてヌンガルの女性と結婚したジャック・タール(船乗りを表す俗語)、入植地の指導者であるドクター・クロス。ヌンガルの人々には、ドクターと親しくなる村の長老ウニャラン、語り部メナクと妻のマニト、舟の漕(こ)ぎ手ウラルらがいる。

ボビー少年をシャーマン的な立場に押しあげたのは、彼が創案もしくは完全リニューアルした「死びとの踊り」だ。『ほら、死びとが、死びとが踊る』(原題、That Deadman Dance)というタイトルも、ここに由来している。船乗り(ジャック・タール)の世界でdeadmanというと、スティーヴンソンの『宝島』に出てきた「Dead Man’s Chest」という有名な労働歌があるが、ボビーの踊りに関しては、水平線のむこうから船でやってきた白人たちを指す。「あいつら死びとのように踊る。残酷で野蛮な男たち」と作中で評されるように、しなやかなヌンガルの人々から見れば、白人たちのダンスはぎくしゃくとして強張(こわば)った動きに見えたろう。ボビーがある日、「死びとの踊り」の輪の中心に踏みだし、オリジナリティあふれる新しい「死びとの踊り」を踊りだすと、人々はそれに魅入られて真似(まね)をし、トランス状態に陥った。

しかしながら、先住民と入植者の「交流」が友好的とばかりは言えないのは、その後の歴史が物語っている。グレンヴィルの『闇の河』にも衝突の大きな原因として書かれていたが、自然と土地を恵みとして分かち合い「私有物」という概念をもたない先住民に対して、入植者たちは土地に線引きをし、分割し、私有化する。さらに、非所有者にその利用を禁じる。齟齬(そご)はしだいに深刻でむごたらしい事態を招き入れる。

全編、プレーンな言葉で書かれているが、文体がたいへんに難しい。ただし、原文または訳文を読むのが難しいという意味ではない。難しいのは、翻訳である。訳者あとがきで、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』が引き合いに出されているのは、決して大げさではないと思う。作者スコット自身も神話に基づく『ユリシーズ』を意識しているのかもしれない。

人物視点と時間軸が自在に移ろい、地の文と人物の声が奔放に融(と)けあい、人が山や水と耳目を共有するこの文体の源泉には、集合的歴史と記憶を扱うアボリジニの神話体系「ドリームタイム」があり、その世界観や意識が文章構成にも反映されているようだ。ボビーは、鯨が岸に打ち上げられやがて死んだ日に、母の胎内に宿ったという。本人によれば、彼が「死びとのダンス」を初めて見たのは、浜辺ではなく、沖合からだった。鯨の潮吹き穴から体内に滑り落ちていき、その心臓に手をつっこみ、鯨と一体化しながら、声を合わせて歌うこの少年は、海の生き物の生まれ変わりなのかもしれない。「みんなぼくの友だちだ。黒いのだろうが、白いのだろうが」流れる水のように対岸の人々をつなごうとした多くの「ボビー」たちの希望は、いったんは無残に砕かれた。しかし、現在の豪州の多文化・多民族共生の動きとして息を吹き返している。(下楠昌哉訳)
ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語  / キム スコット
ほら、死びとが、死びとが踊る: ヌンガルの少年ボビーの物語
  • 著者:キム スコット
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(447ページ)
  • 発売日:2017-06-02
  • ISBN:4773817119
内容紹介:
アボリジニにルーツを持つ作家が、オーストラリア現代文学に切り拓いた新たな地平。先住民と入植者が育んだ幸福な友情と対立の物語。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年6月18日

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