書評

『うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」』(筑摩書房)

  • 2018/03/17
うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」  / 杉浦 日向子
うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」
  • 著者:杉浦 日向子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(232ページ)
  • 発売日:2009-11-10
  • ISBN:4480426604
内容紹介:
あっけらかんとお目出度く生きようとしていた江戸の人たち。彼らの暮らしや紡ぎ出した文化にとことん惚れこんだ著者が思いの丈を綴った最後のラブレター。
「江戸」に興味があるかないかは二の次だ。それよりも……ちょっとキタナイが……「人間一生糞袋」という言葉に笑ってうなずくか、それとも眉をひそめるか。それが問題。この本(『うつくしく、やさしく、おろかなり』筑摩書房)をおすすめできるかどうかの分かれ目なのだ。

何しろ著者は「(江戸の)何がそんなに気に入ったかといえば、江戸人の好んで口にする自嘲(じちょう)『人間一生糞袋』という、テレとヤケクソのこっちゃになったタンカに意気投合してしまった結果のようです」と言うのだから。私も断然、笑ってうなずいてしまうので、この本は大いに楽しめた。「よくぞ言ってくれた」と共感するところ多く、ところどころ一種の凄(すご)みすら感じた。

昨年(05年)夏、四十六歳の若さで逝った杉浦日向子さんのエッセー集(講演の記録も含む)。糞袋の一件のあとはこう続く。

(江戸人の)人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らし振り、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という心意気に強く共鳴します。何の為に生きるのかとか、どこから来てどこへ行くのかなどという果てしのない問いは、ごはんをまずくさせます

と、こんなふうに部分的に引用しただけではピンと来ないかもしれないが、私の胸には強く美しい言葉として響いた。著者がこのエッセー(「スカスカの江戸」)を書いたのは二十九歳の時だという。なぜ、そんなに見えていたのだろう。六年後、難病を抱えた中でもやっぱりこんなふうに書いている。

なんのために生まれて来たのだろう。そんなことを詮索するほど人間はえらくない。三百年も生きれば、すこしはものが解ってくるのだろうけれど、解らせると都合が悪いのか、天命は、百年を越えぬよう設定されているらしい。なんのためでもいい、とりあえず生まれて来たから、いまの生があり、死がある。それだけのことだ

この本で初めて杉浦日向子さんの芯の部分を見たように思った。こんなに豪胆の人だったのか。

「江戸」を語っても、たんに豆知識や薀蓄(うんちく)の披露に終わっていない、「江戸の心」を、自分の生の手がかりにしてきた人ならではの説得力がある。

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN:4480426906

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」  / 杉浦 日向子
うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」
  • 著者:杉浦 日向子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(232ページ)
  • 発売日:2009-11-10
  • ISBN:4480426604
内容紹介:
あっけらかんとお目出度く生きようとしていた江戸の人たち。彼らの暮らしや紡ぎ出した文化にとことん惚れこんだ著者が思いの丈を綴った最後のラブレター。

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初出メディア

アエラ

アエラ 2006年9月18日

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