書評
『うつくしく、やさしく、おろかなり―私の惚れた「江戸」』(筑摩書房)
「江戸」に興味があるかないかは二の次だ。それよりも……ちょっとキタナイが……「人間一生糞袋」という言葉に笑ってうなずくか、それとも眉をひそめるか。それが問題。この本(『うつくしく、やさしく、おろかなり』筑摩書房)をおすすめできるかどうかの分かれ目なのだ。
何しろ著者は「(江戸の)何がそんなに気に入ったかといえば、江戸人の好んで口にする自嘲(じちょう)『人間一生糞袋』という、テレとヤケクソのこっちゃになったタンカに意気投合してしまった結果のようです」と言うのだから。私も断然、笑ってうなずいてしまうので、この本は大いに楽しめた。「よくぞ言ってくれた」と共感するところ多く、ところどころ一種の凄(すご)みすら感じた。
昨年(05年)夏、四十六歳の若さで逝った杉浦日向子さんのエッセー集(講演の記録も含む)。糞袋の一件のあとはこう続く。
と、こんなふうに部分的に引用しただけではピンと来ないかもしれないが、私の胸には強く美しい言葉として響いた。著者がこのエッセー(「スカスカの江戸」)を書いたのは二十九歳の時だという。なぜ、そんなに見えていたのだろう。六年後、難病を抱えた中でもやっぱりこんなふうに書いている。
この本で初めて杉浦日向子さんの芯の部分を見たように思った。こんなに豪胆の人だったのか。
「江戸」を語っても、たんに豆知識や薀蓄(うんちく)の披露に終わっていない、「江戸の心」を、自分の生の手がかりにしてきた人ならではの説得力がある。
【この書評が収録されている書籍】
何しろ著者は「(江戸の)何がそんなに気に入ったかといえば、江戸人の好んで口にする自嘲(じちょう)『人間一生糞袋』という、テレとヤケクソのこっちゃになったタンカに意気投合してしまった結果のようです」と言うのだから。私も断然、笑ってうなずいてしまうので、この本は大いに楽しめた。「よくぞ言ってくれた」と共感するところ多く、ところどころ一種の凄(すご)みすら感じた。
昨年(05年)夏、四十六歳の若さで逝った杉浦日向子さんのエッセー集(講演の記録も含む)。糞袋の一件のあとはこう続く。
(江戸人の)人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らし振り、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という心意気に強く共鳴します。何の為に生きるのかとか、どこから来てどこへ行くのかなどという果てしのない問いは、ごはんをまずくさせます
と、こんなふうに部分的に引用しただけではピンと来ないかもしれないが、私の胸には強く美しい言葉として響いた。著者がこのエッセー(「スカスカの江戸」)を書いたのは二十九歳の時だという。なぜ、そんなに見えていたのだろう。六年後、難病を抱えた中でもやっぱりこんなふうに書いている。
なんのために生まれて来たのだろう。そんなことを詮索するほど人間はえらくない。三百年も生きれば、すこしはものが解ってくるのだろうけれど、解らせると都合が悪いのか、天命は、百年を越えぬよう設定されているらしい。なんのためでもいい、とりあえず生まれて来たから、いまの生があり、死がある。それだけのことだ
この本で初めて杉浦日向子さんの芯の部分を見たように思った。こんなに豪胆の人だったのか。
「江戸」を語っても、たんに豆知識や薀蓄(うんちく)の披露に終わっていない、「江戸の心」を、自分の生の手がかりにしてきた人ならではの説得力がある。
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