書評
『虚業成れり―「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)
時代を先取りした「一か八か」の奔走
興行の真似(まね)事をしたことがある。表現の場に飢えていた若手フリージャズ奏者たちと夜を徹してのコンサートを催したのだが、韓国から出演者をタダ同然で招聘(しょうへい)したり、会場を無料で借り受けたりとずいぶん無茶(むちゃ)をした。だが出演者たちは皆、現在では世界に名を知られるようになり、意気込みが間違っていなかったと独り合点している。それゆえ高度成長期に彗星(すいせい)のごとく現れた「赤い呼び屋」、神彰(じんあきら)のこの評伝には、血湧(わ)き肉躍る思いがした。うたごえ運動が頂点に達したころ、ロシア通の友人たちと語り合い、故郷を離れ本物のロシア民謡を歌うドン・コザック合唱団を呼んで、世間をあっと言わせた。それを皮切りに、当時国交すらなかったソ連からボリショイバレエ、ボリショイサーカスをも呼ぶ。神彰35歳の離れ業である。
こう要約すれば、世評高い芸術家を公式の窓口から招いたと思われるかもしれない。だが実情は一か八かで、招聘は私人ルート。外貨支払いに制限の課された頃、神は闇ドルを求めて奔走する。融資を募るためはったりでクライスラーを乗り回しもした。
宣伝文句も熟考し、「炸裂(さくれつ)するブラックファンキー」(アート・ブレイキー)、「世界の恋人」(イブ・モンタン)など傑作コピーを残す。ところが有吉佐和子との結婚を機に会社に内紛が生じて倒産、離婚。インディ・カーレースで復活するが、マイルス・デイビスが麻薬歴から入国できず、再び倒産。それでいて居酒屋チェーン「北の家族」の大成功で再復活。波瀾(はらん)万丈の人生と言うしかない。
本書は結論として、大企業でしか外国人タレントがよべない時代になったのだ、としている。けれども昨今では、個人で起業し、失敗しても再起できる社会への転換が良しとされている。また経営目標の社会性が要請されてもいる。芸術招聘を戦争で荒廃した精神を復興するための社会事業とみなしたことも含め、むしろ神の生涯は時代を先取りしているように読めた。まさに「虚業成れり」、である。
朝日新聞 2004年3月7日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする



































