書評

『丸山眞男の敗北』(講談社)

  • 2020/04/06
丸山眞男の敗北  / 伊東 祐吏
丸山眞男の敗北
  • 著者:伊東 祐吏
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2016-08-11
  • ISBN-10:4062586320
  • ISBN-13:978-4062586320
内容紹介:
「戦後民主主義」を象徴する政治学者である丸山眞男は、1960年にはすでに「敗北」していた……。気鋭の著者が放つ渾身の論考!

なぜ日本思想の「古層」に吸引されたのか

戦後知識人の代表格、丸山眞男(まさお)の思想と業績を回顧する本格的評論が現れた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2016年)。

著者の伊東祐吏(ゆうじ)氏は一九七四年生まれ。丸山を、逆風に抗して舞い上がる凧(たこ)に譬(たと)える。満州事変から大東亜戦争、敗戦への冬の時代、丸山は逮捕され、二度も徴兵され、広島郊外で被爆もした。軍国主義の圧迫や生命の危険を感じつつ、日本政治思想史の論文を書き上げる。戦後はいち早く「超国家主義の論理と心理」を発表、日本型ファシズムの病理を摘出して、論壇の主役に躍り出た。市民運動や六○年安保を担い、東大全共闘の学生に研究室を追い出され、失意の晩年を過ごした。

著者は、戦後日本を深く理解するため、丸山の仕事に注目する。そしてこう問う。《丸山眞男は、「戦争に負けた」のではなく、「戦後に負けた」のではないか》(はじめに)。

戦後の丸山の活動は、三つの時期に分かれると著者は言う。第一期(占領下の時代)/第二期(逆コースの時代)/第三期(経済成長への時代)。これらの時期を通じて、主体性、ファシズム、政治学の確立といったテーマを繰り返し論じた。敗戦がもたらした戦後民主主義が、逆コースで後退し、人びとの権威主義的な思考様式(内なる天皇制)のせいで立ち枯れていくと、丸山は焦燥する。そして、政治がいよいよ安定し人びとが経済的豊かさに満足すると、丸山はスランプに陥り研究意欲を失っていく。凧は風が弱まるとあがらないのだ。

本書で印象ぶかいのは、丸山が六○年代以降、日本思想史の研究に沈潜した時期、日本思想の「古層」に吸引されたのはなぜかの考察である。丸山は生涯を通じて「開国」を課題としたと、伊東氏は言う。明治維新も開国、敗戦も開国。外からの近代化に、日本人は翻弄された。外からの近代化は偽物で、内面が近代化しなければ本物ではない、と丸山は考えた。けれども《「日本」というものの本質を、文明の影響を排除したところに見出すことなどできない》はずだ。《日本を「開国」を経験する主体として設定……すると、「原日本」がおのずと立ち上がってしまう》のである。そんな《丸山の「古層」論と、戦中の皇国史観に基づいた日本精神論とは、内容自体にまったく変わりはない》のではないか。何とも手厳しい批判である。

丸山眞男によれば、昭和の軍国主義や皇国史観が日本を誤らせたのは、「開国」が失敗した(日本の近代化が、前近代的な要素に歪められた)からだ。ならば、敗戦による「開国」を正しく進めるには、近代化を自ら担う主体を育てなければならない。だが国民は、その呼びかけに背を向け、戦後民主主義を担うことを放棄した。間違っているのは国民か、それとも丸山のほうなのか。

国民は、《理念やプライドを二の次として、豊かさを第一に考えた》。そうやって人びとがしたたかに生きたこと自体は、敗北ではない。《その事実を受け入れられないことが「敗北」なのだ》と、伊東氏は言う。

敗戦後、日本はアメリカに軍事占領された。しかし丸山の視野から、その事実はすっぽり抜け落ちている。ゆえに八月十五日革命説(敗戦時に国民が主権を手にしたとする説)に与(くみ)することにもなる。こうして丸山は戦後日本を総体として理解できず、語る言葉をなくし、余裕を失って硬直化した。この欠陥は《丸山眞男の悪しき子孫》にも受け継がれている。

丸山眞男は、戦後の言論界を導く、スターの一人だった。いまその虚実を冷静に描き出し、つぎの時代に進もうとする仕事が現れたことを励みとしたい。
丸山眞男の敗北  / 伊東 祐吏
丸山眞男の敗北
  • 著者:伊東 祐吏
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2016-08-11
  • ISBN-10:4062586320
  • ISBN-13:978-4062586320
内容紹介:
「戦後民主主義」を象徴する政治学者である丸山眞男は、1960年にはすでに「敗北」していた……。気鋭の著者が放つ渾身の論考!

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毎日新聞 2016年10月9日

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