書評

『万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史』(KADOKAWA/角川学芸出版)

  • 2018/04/27
万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史 / 小川 靖彦
万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史
  • 著者:小川 靖彦
  • 出版社:KADOKAWA/角川学芸出版
  • 装丁:単行本(255ページ)
  • 発売日:2014-04-24
  • ISBN:4047035394
内容紹介:
日本最古の歌集『万葉集』は、8世紀末から今日まで、愛されつづけてきた稀有な歌集だ。しかし、漢字だけで書かれた万葉歌は、時代によって異なることばに読み下され、時代ごとの考え方や感じ方を強く反映した解釈がなされてきた。紀貫之、紫式部、藤原定家、仙覚、賀茂真淵、佐佐木信綱らが読んだそれぞれの時代の『万葉集』は、どのようなものだったのか。その読み方に現れる日本人のこころの歴史をたどり、万葉集の魅力に迫る。

日本人の万葉集物語

『百人一首』には、「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天(あま)の香具山」とあるが、『万葉集』では「春過ぎて 夏来るらし 白栲(しろたえ)の 衣干したり 天の香具山」となっている。これは、藤原定家(1162ー1241)の「改作」と説明されるところだ。ただし、それは、今日でいえば「改作」にあたるということでしかない。この点を、著者は、定家自身が「自分自身の歴史意識と美意識に基づいて定家が思い描いた〈古代〉像」の反映と見るべきだ、と説く。漢字のみで書かれている『万葉集』は、音に出して読むと読み手によって揺れが生じてしまう。ために、どうしても読む側の思考が訓(よ)みに反映されてしまうのだ。「月西渡」は普通に訓めば「つきにしにわたる」だが、月が西に行くなら「つきかたぶきぬ」でもよいか、というように。漢字を見ながら「うむぅ」と考えるところから、『万葉集』の読解は、はじまるということを、著者は丁寧に解説している。つまり、藤原定家の改作や読解を考える場合には、定家の読解の論理を推定する必要があるのだ。

以上は、万葉学の「いろは」の「い」なのだが、そういう基礎を語るときにこそ、学力や見識がわかるから怖いのだ。私と著者とは同業者、しかもほぼ同年齢。ケチの一つでもつけたいところだが――。悔しいことに、分かり易い上に、この上なく正確なのだ。残念……。

著者は、みごとに、平安なら平安時代の人々の論理で、いかに『万葉集』が訓み継がれ、いかに理解されてきたのかということを描き出している。では、近代の『万葉集』はどう読まれたのか。明治なら明治の人びとの論理で『万葉集』は訓み継がれていた。そして、いわれているように『万葉集』は「忠君愛国」の書となってゆく。ここも、ちゃんと説明してある。時代や、時代の訓みの論理を見事に説明しているところに、著者の力量が表れた本である。
万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史 / 小川 靖彦
万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史
  • 著者:小川 靖彦
  • 出版社:KADOKAWA/角川学芸出版
  • 装丁:単行本(255ページ)
  • 発売日:2014-04-24
  • ISBN:4047035394
内容紹介:
日本最古の歌集『万葉集』は、8世紀末から今日まで、愛されつづけてきた稀有な歌集だ。しかし、漢字だけで書かれた万葉歌は、時代によって異なることばに読み下され、時代ごとの考え方や感じ方を強く反映した解釈がなされてきた。紀貫之、紫式部、藤原定家、仙覚、賀茂真淵、佐佐木信綱らが読んだそれぞれの時代の『万葉集』は、どのようなものだったのか。その読み方に現れる日本人のこころの歴史をたどり、万葉集の魅力に迫る。

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