書評
『ぶたのたね』(絵本館)
ぶたのたねに、ぎゃはは
単行本になった『かーかん、はあい』を読んでくれた友人が、こんなことを言う。「選ばれた絵本、どれもいいんだけど、ちょっと真面目(まじめ)すぎるんじゃない? 足りないとしたらナンセンス系だね」
「ナンセンス系?」
子育てという点では、大先輩でもある彼のオススメにしたがい、私は何冊かの絵本を購入した。『ぶたのたね』、『どろぼうがっこう』(加古里子作、偕成社・一〇五〇円)、『キャベツくん』(長新太作、文研出版・一三六五円)……確かに、こういうジャンルは、今まで縁がなかったな、と思う。
特に『ぶたのたね』には、ほんとうに驚かされた。ぶたよりも走るのが遅くて、まだ一度もぶたを食べたことのない狼が主人公だ。狼といえば、絵本の世界では悪役というのが常識だが、彼はまったく違う。
不憫(ふびん)に思ったきつねはかせが、狼にくれたもの、それが「ぶたのたね」だ。その種を撒(ま)いて育てると、ぶたの実がなり、好きなだけぶたを食べられるという。
息子は明らかに「ありえな~い」という顔をして聞いていた。読んでやる私自身もそう思った。
「エルマーのチューインガム、思い出しちゃうね」
「うん、そう、たくみんも!」
数日前、『エルマーのぼうけん』(R・S・ガネット作、渡辺茂男訳、福音館書店・一二六〇円)を読んだところだったので、二人とも同じことを連想していた。虎に食べられそうになったエルマーが「このチューインガムを噛んで、緑色になったら、地面に撒くといい。たくさんのチューインガムがなるから」と言って虎を騙し、難を逃れる場面があったのだ。もちろんチューインガムはいつまでたっても緑色にはならず、その間にエルマーは逃げることに成功する。どんなに危険な場面でも、彼は機転をきかし、そのたびに息子はいたく感心していた。
だから当然ぶたのたねも……と思っていたのだが、我々親子の予想は見事に裏切られた。大きくなったぶたの木の絵をめくると、次のページには「うわあ!」。枝に、何頭ものぶたがぶらさがっている。このページを見た瞬間の、何かが弾けるような、なんともいえない気分は、未体験のものだった。
「ぎゃははははは。ぶただ、ぶただ」
「ほんとに、ぶたのたねだったんだ」
息子と私は、壊れたように笑いあった。
エルマーのチューインガムは、生きる知恵としての嘘を教えてくれたが、このぶたのたねは、常識で硬くなった心に揺さぶりをかけてくる。なるほど、これがナンセンスというものの力か、と思った。
五歳になって、だいぶ分別くさくなってきた息子。今だからこそ、ここまで驚き笑えるのかもしれない。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2008年12月22日
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