自著解説

『『ピカドン』/『ピカドン』とその時代』(琥珀書房)

  • 2023/10/27
『ピカドン』/『ピカドン』とその時代 / 丸木位里
『ピカドン』/『ピカドン』とその時代
  • 著者:丸木位里
  • 出版社:琥珀書房
  • 装丁:単行本(126ページ)
  • 発売日:2023-09-11
  • ISBN-10:4910993215
  • ISBN-13:978-4910993218
内容紹介:
「原爆の的確な記録であるばかりでなく、ファンタスティクな魅力をそなえたこの小さな絵本」―大江健三郎(『ヒロシマ・ノート』エピローグより)
1950年、朝鮮戦争勃発後まもない夏、<原爆の図>制作中の…
「原爆の図」の共同制作で知られる画家の丸木位里と赤松俊子(丸木俊)が絵と文を手がけた絵本『ピカドン』。「原爆の図」を描き全国を巡回した同時代にうまれ、占領軍の検閲と押収の中で人から人へと手渡されていきました。初版オリジナルに忠実な復刻版と研究者の解説がセットになった今回の刊行物の内容を、本企画の編者が紹介します。
 

『ピカドン』が制作された時代と背景

本書は、「原爆の図」の共同制作で知られる画家の丸木位里と赤松俊子(丸木俊)が絵と文を手がけた絵本『ピカドン』(平和を守る会編、ポツダム書店刊)を、1950年の初版当時の形で初めて復刻し、あわせて別冊として研究者の解説をまとめた2冊1組の書籍である。『ピカドン』は、連合国軍の占領下で原爆報道を禁じるプレスコード(検閲)があり、加えて六月に朝鮮戦争がはじまって反戦運動への圧力も強まるさなかに刊行された。

絵本を企画したのは、ポツダム書店の編集者・池田幸子である。池田は夫の鹿地亘と中国で抗日運動に参加した経験をもち、日中戦争で抗日運動と一体となって広がった木刻(木版画)運動における連環画(絵本)のような文化運動を占領下の日本で展開したいと考えていた。丸木と赤松は2月に「原爆の図」第一部《幽霊》(発表時のタイトルは《八月六日》)を発表したばかり。池田幸子より依頼を受けて、「いまは原爆のことしか頭になく、そのことについてなら」と答え、第二部、第三部の「原爆の図」の制作と並行して『ピカドン』を仕上げた。

広島に原爆が落とされた当日に各地で起きたできごとの記憶を、ペン画の明瞭な描線と簡潔な語り口によって多角的に伝えるこの絵本は、これまでにも複数の出版社から装いを変えてたびたび刊行されてきた。しかし意外なことに、1950年当時のまま、掌に収まる軽やかな造本を再現する機会は、今回が初めてである。



解説冊子に収録されている内容

本書解説編については、その歴史的な意義を明らかにするため、1950年代の文化運動や原爆の表象についての研究を積み重ねてこられた方々に、それぞれの専門領域に即して解説を依頼した。

『「原爆の図」―描かれた〈記憶〉、語られた〈絵画〉』(岩波書店、2002年)の著者であり、「原爆の図」のみならず被爆体験の表現について幅広い関心を寄せる歴史家の小沢節子は、『ピカドン』の意義と役割を読みなおし、時代を超えて何度も「発見」される表現の可能性を示している。

『1950年代―「記録」の時代』(河出書房新社、2010年)の著者である文学研究者の鳥羽耕史は、『ピカドン』成立の経緯を整理するとともに、その流通と復刻の変遷について明らかにした。

1950年代に社会運動のメディアとして広く活用されていた幻灯(スライド)の研究者である鷲谷花は、絵本を再構成した幻灯版『ピカドン』を詳細に分析し、原水禁運動における幻灯の活用の問題にも言及している。

戦後日本文学の研究者である高橋由貴は、『ピカドン』を挿画に使い、その存在に再び光を当てた大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』(岩波新書、1965年)との関係性を考察する。

また、原爆の図丸木美術館の学芸員として「原爆の図」の1950年代の全国巡回の調査研究を行ってきた筆者も、巡回展で用いられたポスターや当時の木版画運動などの複製芸術と『ピカドン』の同時代性についての執筆を担った。以上の解説に加え、付録として収録した幻灯版『ピカドン』と巡回展ポスター図版、丸木と赤松の木版画作品も、まとまって初公刊となる。

1951年から56年にかけて北海道から九州まで各地の展覧会で用いられた20点のポスターは、おそらく当時製作されたごく一部にすぎないが、現存するものは少なく貴重な資料の紹介である。そこには「原爆の図」からの引用だけでなく、丸木、赤松の人体デッサンや、デザイン化されたキノコ雲、長崎の浦上天主堂、当時制作された原爆映画(『ひろしま』、関川英雄監督、日教組プロ、1953年)の一場面など、多様なイメージが用いられている。

そして木版画家の上野誠、彫刻家の本郷新、日本画家の佐藤多持、油彩画家の新海覚雄など、同時代の芸術家が作り手となって「原爆の図」とは異なる独自の表現を展開しているのも興味深い。何より、同じ複製芸術として、当時の木版画運動の影響を色濃く見ることができるのが、付録に収録した重要な理由である。



開催中の企画展「『ピカドン』とその時代」展について

なお、原爆の図丸木美術館では、1950年代における丸木と赤松をめぐる複製芸術に焦点を当てた企画展「『ピカドン』とその時代」(2023年10月7日〜2024年1月28日)を開催している。『ピカドン』の原画は所在不明だが、〈原爆の的確な記録であるばかりでなく、ファンタスティクな魅力をそなえたこの小さな絵本〉(大江)は複製技術とともに拡がり続ける。原爆投下から80年の歳月が過ぎようとしている、しかし核の脅威はいっそう日常と隣りあわせにある今日の時代に、人から人へと手わたしていきたい。



[書き手]
岡村 幸宣(おかむら ゆきのり)

1974年東京都生まれ
東京造形大学造形学部比較造形専攻卒業。同研究科修了。
原爆の図丸木美術館学芸員。丸木位里、丸木俊を中心に社会と芸術表現の関わりについての研究、展覧会企画などを行っている。

[主要著作]
『丸木俊―「原爆の図」を描き世界に戦争を伝える』(あかね書房、2023年)
『未来へ―原爆の図丸木美術館学芸員日誌2011-2016』(新宿書房、2020年)
『《原爆の図》のある美術館―丸木位里、丸木俊の世界を伝える』(岩波書店、2017年)
『《原爆の図》全国巡回―占領下、100万人が観た!』(新宿書房、2015年)
『非核芸術案内―核はどう描かれてきたか』(岩波書店、2013年)
『ピカドン』/『ピカドン』とその時代 / 丸木位里
『ピカドン』/『ピカドン』とその時代
  • 著者:丸木位里
  • 出版社:琥珀書房
  • 装丁:単行本(126ページ)
  • 発売日:2023-09-11
  • ISBN-10:4910993215
  • ISBN-13:978-4910993218
内容紹介:
「原爆の的確な記録であるばかりでなく、ファンタスティクな魅力をそなえたこの小さな絵本」―大江健三郎(『ヒロシマ・ノート』エピローグより)
1950年、朝鮮戦争勃発後まもない夏、<原爆の図>制作中の…

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
八木書店 新刊取次部の書評/解説/選評
ページトップへ