自著解説

『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること 国籍なき日々の記録から難民の時代の生をたどって』(琥珀書房)

  • 2024/02/23
越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること 国籍なき日々の記録から難民の時代の生をたどって / 尹紫遠
越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること 国籍なき日々の記録から難民の時代の生をたどって
  • 著者:尹紫遠
  • 出版社:琥珀書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-12-12
  • ISBN-10:4910723285
  • ISBN-13:978-4910723280
内容紹介:
忘れられた越境の在日朝鮮人作家の戦後日記から浮かぶ数多の経験と思い。戦後を生きた在日一世の日記、初公刊!
1946年夏、朝鮮から日本への「密航」を経験し、戦後は混乱の中、「洗濯屋」としてどうにか東京で暮らしをつむぎながら作品を残した尹紫遠(ユン・ジャウォン:1911-1964)という在日朝鮮人作家がいました。これまでごくわずかに知られるだけだったこの作家について、2022-2024年にかけて4冊の本が刊行されました。1冊目が本稿で紹介する弊社・琥珀書房が刊行した尹紫遠の日記。在日1世の日記としては初めての公刊でした。2冊目と3冊目は尹の残した作品(自伝的歌集『月陰山』と『未刊行作品選集』※いずれも弊社刊)。そして4冊目が2024年1月に刊行された、日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」初となる書籍化企画、『密航のち洗濯』(柏書房)。なぜいま、尹紫遠なのか?日記を発端とした、100年の出版リレーをご紹介します。

尹紫遠と約75年前の「密航」の時代

「難民」や「密航」という言葉を目にして、何を思い浮かべるでしょうか。50年ほど前になる、ベトナム戦争に関わるインドシナ難民、ヨーロッパをめぐるニュースでよく耳にする、地中海を決死の覚悟で渡る人々、直近では、ウクライナの戦禍、そしてガザでの虐殺を逃れる人々。ただ一方で、日本が直接の舞台となった「難民の時代」とも言える時代がおよそ70年前に、日本の敗戦をきっかけとして存在したことは、すぐには浮かばないかもしれません。直接経験をした世代は極めて少なくなり、誰もそのことを積極的に話したいとも思わなかったからです。しかし、この70年前の「難民の時代」こそ、今からご紹介する尹紫遠の最大の創作テーマでした(その時代は、近年でも収容者の方の死亡事件が起きてニュースになっている大村入国管理センターの前身がつくられた時代でもあります)。

今から80年前に「大東亜共栄圏」という名の下、朝鮮・台湾・満州・樺太・千島・南洋群島に数多くの「帝国臣民」を日本が従えていた記憶も、体験世代はほぼ鬼籍になったこともあり、社会の中で希薄化し、揺らいでいます(本稿執筆中(2024年1月)も「群馬の森」の朝鮮人追悼碑の行政代執行による撤去が報道されています)。そして、他ならぬ尹紫遠自身が、真珠湾攻撃から約1年後に「大東亜共栄圏」におけるある種の模範的テキストという一面を有している「朝鮮人初の短歌集」である『月陰山』(タルウムサン)と名付けられた短歌集を刊行していました。


尹紫遠の人生

まずは尹紫遠の経歴をご紹介します。
・1911年、朝鮮半島蔚山に生まれる。幼い時に朝鮮総督府の土地調査事業により一家は土地を失う。
・1924年、関東大震災翌年、12歳の時、長兄を頼り単身、横浜へ。苦学を重ねる。
・1942年、自伝的短歌集『月陰山』を刊行。
・1944年、徴用を逃れるため最初の妻と朝鮮半島へ。逃亡生活を続け、兄家族の住む兼二浦に隠れ住む(現在の朝鮮民主主義人民共和国、松林市)
・1945年、兼二浦で玉音放送を聴く。すぐにソ連軍が朝鮮北部に進駐。故郷である南部の方が状況はましであることを耳にし、主に徒歩で朝鮮半島南部を目指す。
・1946年夏、故郷での生活が物価高騰などの混乱で成り立たず、日本への「密航」を決意。最初の妻との離散など紆余曲折の末、山口県にたどり着く(この「密航」の詳細は書籍にてぜひお読みください)。戦後日本で小説家を志す(1946年9月14日から、「尹紫遠日記」記入開始)。新聞社勤務、行商などで暮らしをたてながら執筆をつづける。
・1947年、外国人登録令により以後「外国人」とみなされることに(1952年、サンフランシスコ条約発効に伴い国籍喪失。こうした国籍の問題についても、今回の出版で詳述されています)
・1949年、戦後東京で知り合った大津登志子と結婚。1957年にクリーニング店を東京にて経営。
・1950年、その小説作品で唯一単行本となった朝鮮半島での1945年の体験をベースにした『38度線』(早川書房)を刊行。
・2人の息子と1人の娘を育てながら、その後も生活に追われる日々は絶え間なくつづき、1964年死去。

50年と少しの短い人生ながら、尹紫遠の人生が如何に波乱と苦労に満ちていたかを、箇条書きした略歴からでも感じていただけるのではないかと思います。生涯貧困からまぬがれたことのなかったその人生で、かろうじて出版できた本が生涯に2冊。その仕事もこれまで光があたったことは近年までほとんどありませんでした(※近年、尹紫遠に言及した出版物・記事として、黒川創編『<外地>の日本語文学選3 朝鮮』(新宿書房、1996年)、ウェブ連載『在日コリアンの作家たちは朝鮮戦争をどう伝えたか/斎藤真理子の韓国現代文学入門【2】』(WEBマガジンwezzy記事、2020年)。黒川創『「日本語」の文学が生まれた場所』(図書出版みぎわ、2023年)等がある)。


尹紫遠の日記に出会った一人の研究者

そのような中、2019年、本書ならびに『密航のち洗濯』の著者である文学研究者の宋恵媛(ソン・ヘウォン)さんが、尹紫遠の日記に出会われます。尹紫遠の長男、尹泰玄(ユン・テヒョン)さんとの出会いでもあります。講演のお仕事がきっかけとなった、偶然というほかない出会いでした。初めてその日記を目にした瞬間から、その出版を決意されたとうかがっています。

1946年から1964年にかけて、生活に追われながら刻まれた9冊の日記には、苦しい日々の中で何とか創作に向かおうとする姿、そして多くの在日朝鮮人作家を含む様々な文化人との交流の中で、出版に望みをつなぎ奔走する姿が刻まれます。そしてその生活に目を向ければ、日々貧困に悩まされ、過度な飲酒が体を蝕む姿。そして妻との確執や病気について苦渋に満ちた言葉が並びます。また、貧しい中での子育ての苦しみを語る言葉は、決して過去のものではありません。加えて、そこには離散した家族を思う心情も数多く記されます。


在日朝鮮人が「日記」を記すことと、それを伝えていくこと

日記に記された内容もさることながら、このように日常を記したテキスト自体が伝わったこと自体が驚くべきことであると言えます。宋恵媛さんは本書(『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること』)の「あとがき」で以下のように記されます。

「尹紫遠と同じ時代を生きた在日朝鮮人たちが日々何を考え、どのように暮らしていたかを知る手段は、おそらく日本の人々の想像を絶するほどに限られている。在日朝鮮人によって書かれた文章は日本語でも朝鮮語でもあまり残っておらず、あったとしてもその大半は断片的なものである。安定して継続的に発行された新聞や雑誌なども多くはなく、刊行された単行本の数も少ない。その背景には在日朝鮮人の識字率の低さがあり、劣悪な教育環境があり、貧困があり、日本の制度的差別と偏見があり、朝鮮の分断があり、冷戦があった。尹紫遠日記によって戦後まもない時期の在日朝鮮人たちのリアルな心情や日常生活の一端が見られるようになったことは、それゆえに衝撃的な事件なのである。」

尹紫遠をめぐる物語は、彼が死ぬまで書くことを続けたこと、そしてほとんど「崩壊」したような結婚生活を余儀なくされながらもその日記を残し続けた妻、登志子のはかりしれないような思いがあって次世代へつながっています。そして宋恵媛さんのこれまでの地道な研究の営みによって、その貴重な記録は素晴らしい形でひもとかれ、尹紫遠の生と作品の価値が浮かび上がりました。また、無私のようなお心持ちでご協力いただいた尹紫遠のご遺族の皆様があってこそ、日記の出版ができました。

ここで、『密航のち洗濯』に寄せられた、翻訳家の斎藤真理子さんの推薦文もご紹介します。

「〈密航〉は危険な言葉、残忍な言葉だ。だからこれほど丁寧に、大事に、すみずみまで心を砕いて本にする人たちがいる。書き残してくれて、保存してくれて、調べてくれて本当にありがとう。100年を超えるこのリレーのアンカーは、読む私たちだ。心からお薦めする。」

私(弊社・琥珀書房の代表)は、このリレーのなかで、日記を形にして世に問うという役割を何とか果たすことができました。普遍的な問題や数多くのテーマを含む「尹紫遠日記」について出来るだけ多くの方に知ってほしい、と刊行当時の私は情報発信をしていました。そんな中、関心をもってくださったのはウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」の望月優大さんでした。これまで、日本に暮らす様々なバックグラウンドをもつ方々を取材されてきた望月さんからのメールには、「クリーニングの話が出たところでは現代日本の移民(特に女性たち)のことが想起され」といったお言葉がありました。どんなウェブ記事にしていただけるかワクワクしていたところ、ある日望月さんから「本にしようと思う」とご連絡が。お聞きしたとき、編集を生業としている私ですが、どんな本になるか全く想像できなかったのでした。

発売前の本を頂戴した時の喜びは、言葉にできません。それはまさに「丁寧に、大事に、すみずみまで心を砕いて」つくられた本でした(約1年で出来上がったのは信じられない)。私がすがるようにお渡ししたバトンを、『密航のち洗濯』という、内容は更に深く広く、そしてより多くのテーマを問う本にまでつないでくださったことに心から感謝しています(そしてすばらしい写真を添えられるカメラマン田川基成さんにも感謝を)。日記がつないだリレーは、最後には木内達朗さんによる装画によって、写真では残っていないその家族とクリーニング店がひとつの形になって実を結んだのでした(出版には手間もお金もかかりますが、それでもやり甲斐のあるものだと、あらためて感じます。また出版に携わる人間として、『密航のち洗濯』を刊行された柏書房様、担当編集者の天野潤平さんのご尽力には心から敬意を表する次第です)。

植民地・警察・戦争・占領・移動・国籍・戸籍・収容・病・貧困・労働・福祉・ジェンダー・「書くこと」・・・『密航のち洗濯』には、今日に直接つながる様々なテーマを含みながら、とても読みやすく、「この複雑な、だが決して例外的ではなかった5人の家族が、この国で生きてきた」(『密航のち洗濯』帯文)ことを伝えてくれています。版元として、『密航のち洗濯』を読んでくださった方が、尹紫遠が記したテキストそのものに関心をお持ちいただき、琥珀書房から刊行した尹紫遠の「日記」(『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること』)や『尹紫遠未刊行作品選集』にまで手を伸ばしていただければ、これに勝る喜びはありません。


まとめにかえて

・『密航のち洗濯』(柏書房)には、1946年の「密航」や、尹紫遠の家族を中心に、大きなファミリーヒストリーを伝える本になっています。
・『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること』(琥珀書房)には、尹紫遠が記した日記が全文収録されるとともに、宋恵媛さんによる尹紫遠日記についての詳細な解説が、尹泰玄さん(尹紫遠長男)の回想とともに収録されています。
・『尹紫遠未刊行作品選集』(琥珀書房)には、自身の「密航」の経験とその人生を記そうとした長編「密航者の群」やGHQ占領下の東京で売血など何とか日々を生きる極貧の夫婦を描いた「人工栄養」が収録されています。

複雑なニッポンをしっかりと見つめようとする日本の読者の手に、1冊でも多く届くことを願っています。

[書き手]
山本 捷馬(やまもと しょうま)

1991年京都府生まれ。学術出版社、琥珀書房代表。「20世紀の資料(経験)を21世紀に」というコンセプトで、20世紀の日本や東アジアに関わる近現代の資料や研究書を刊行しております。
越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること 国籍なき日々の記録から難民の時代の生をたどって / 尹紫遠
越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること 国籍なき日々の記録から難民の時代の生をたどって
  • 著者:尹紫遠
  • 出版社:琥珀書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-12-12
  • ISBN-10:4910723285
  • ISBN-13:978-4910723280
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忘れられた越境の在日朝鮮人作家の戦後日記から浮かぶ数多の経験と思い。戦後を生きた在日一世の日記、初公刊!

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