書評

『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(KADOKAWA/角川学芸出版)

  • 2021/08/21
武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで / 小川 剛生
武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで
  • 著者:小川 剛生
  • 出版社:KADOKAWA/角川学芸出版
  • 装丁:単行本(289ページ)
  • 発売日:2016-06-25
  • ISBN-10:4047035890
  • ISBN-13:978-4047035898
内容紹介:
戦乱の続いた中世の武家社会では、和歌は必須の教養であり「力」であった。一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を… もっと読む
戦乱の続いた中世の武家社会では、和歌は必須の教養であり「力」であった。一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を確かにするために和歌を使ったのだった。武家政権の発祥地である関東を中心に、鎌倉将軍宗尊親王、室町将軍足利尊氏、江戸城を築いた名将太田道潅、そして今川・武田・北条の戦国大名を取り上げ、武士の実像を探る。

政治史と和歌史の懸け橋となる好著

和歌を詠む武士といえば、よく知られているのは源実朝や太田道灌あたりであろうか。実朝は和歌を好み、『百人一首』に取り上げられた将軍であり、道灌は「七重八重花は咲けども」の山吹の歌の故事や、江戸城を作ったとして広く知られた武士。

しかしなぜかともに暗殺されている。とはいえ本書はその理由を探ったものではない。武士たちがどうして和歌を詠もうとしたのかを探った、いわば武家政権と和歌との関係を明らかにした労作である。

その対象とされたのは鎌倉幕府の将軍源頼朝から駿河の戦国大名である今川氏まで、東国に展開した武家政権やそこで活躍した武士たちがいかに和歌と関(かか)わったのかを丹念に探ってゆく。

まず頼朝が和歌に求めたのは、弓馬の作法とおなじく和歌の作法であり、これを武家政権の作法として継承させようとしたという的確な指摘に始まって、実朝の和歌に若干触れた後、本格的に鎌倉幕府のなかで和歌会を開くようになり、和歌が幕府のなかで定着するようになった、後嵯峨上皇の皇子である宗尊将軍の時代について詳しく論じる。

これまであまり注目されていなかった宗尊将軍の和歌事績を明らかにするとともに、それが幕府の政治といかに密接に関わっていたものかを具体的に指摘している。ここでは将軍が殺害されることはなかったが、鎌倉を追放されることになる。それは君臣関係が和歌を通じて醸成されたことが因となり、追われたもののようである。

続いて取り上げられたのが室町幕府を樹立した足利尊氏である。尊氏の和歌はあまり知られていないが、和歌を通じて神仏に祈るものが多く、やがてその執奏によって勅撰和歌集である『新千載和歌集』が生まれるにいたった動きなどを探る。特に後醍醐天皇との関係を軸にした、その和歌のあり方を探ってゆく過程がおもしろい。

『新千載集』も『千載集』と同様に、御霊を慰める性格のものであったとし、また尊氏の和歌そのものは高く評価できないものの、その周辺の側近や国人領主の和歌の活動に注目して、尊氏の和歌はそれに押されてのものであったとする指摘などはことに重要である。

こうして和歌は武家にとって政治的・文化的に意味あるものとなっていったが、その和歌の効用をよく知っていたのが太田道灌であったとして、室町戦国期の東国における政治と和歌をめぐる動きを探る。

ここでも著者は政治史の動きをきちんと踏まえたうえで、和歌の事績とその評価を正面に据えて論述してゆく。

この時期の政治史の動きや和歌活動については、後世の俗説や珍説にまみれているのだが、それらを見据えつつ、文書や記録を正確に読みとって、ズバっと本質に迫ってゆく、その切れ味は鋭い。時にヨーロッパの三十年戦争における皇帝軍の傭兵(ようへい)隊長ヴァレンシュタインと道灌とを比較するなどして、わかりやすく道灌の政治的性格をあぶり出している。

戦国時代の東国において和歌の隆盛に大きな役割を果たしたのは連歌師であり、また東国に下った冷泉家や飛鳥井家などの公家であったが、最終章は、京を本拠に活動していた冷泉為和が東国に下って、戦国大名にどう関わっていったのかを探っている。

貴族や僧が地方で仕えるのは、鎌倉時代から「在国奉公」といわれ、兼好の『徒然草』にもその動きが記されているが、戦国期になるとこの現象は広く見受けられるようになった。応仁の乱を経て都が衰退したこともあるが、それだけではなかった。

為和の場合はもちろん和歌を教えるのが中心であったが、それにとどまらず大名や将軍・管領などとの間の交渉にも関与していたのであり、その付近の事情を為和の詠んだ「詠草」から探ってゆく。その分析の手際は実に鮮やかである。この和歌の師範が、戦国大名の文化統治のみならず、外交関係においても重視されていたことをくっきりと浮かびあがらせている。

こうして中世において和歌は武家において極めて重視されたのであって、このように見てゆくと、和歌を詠んだ武士がしばしば悲劇的な最期を迎える意味もわかってこようかというものである。

しかし近世になると一転して和歌は武士に詠まれなくなる。武士はなぜ和歌を詠まなくなったのか。徳川家康は「武士は武士の勤めあり、公家は公家の勤めあり」と語ったというが、まさに和歌は公家の勤めにのみ限られていったのである。

著者は、文書の分析からはわからない武士の心の動きもその和歌からわかることが多い、と指摘しているが、それが決して言い過ぎではないと感じさせる出来映えとなっている。政治史と和歌史との懸け橋となる好著である。文章もけれんみが無く、すがすがしい。
武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで / 小川 剛生
武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで
  • 著者:小川 剛生
  • 出版社:KADOKAWA/角川学芸出版
  • 装丁:単行本(289ページ)
  • 発売日:2016-06-25
  • ISBN-10:4047035890
  • ISBN-13:978-4047035898
内容紹介:
戦乱の続いた中世の武家社会では、和歌は必須の教養であり「力」であった。一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を… もっと読む
戦乱の続いた中世の武家社会では、和歌は必須の教養であり「力」であった。一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を確かにするために和歌を使ったのだった。武家政権の発祥地である関東を中心に、鎌倉将軍宗尊親王、室町将軍足利尊氏、江戸城を築いた名将太田道潅、そして今川・武田・北条の戦国大名を取り上げ、武士の実像を探る。

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毎日新聞 2008年8月10日

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