前書き

『教養主義のリハビリテーション』(筑摩書房)

  • 2018/05/28
教養主義のリハビリテーション / 大澤 聡
教養主義のリハビリテーション
  • 著者:大澤 聡
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2018-05-15
  • ISBN:448001666X
内容紹介:
教養のバージョンアップには今、何が必要か? 気鋭の批評家が、竹内洋、吉見俊哉、鷲田清一の諸氏と共に来るべき教養を探る!

はじめに

教養主義は瀕死の状態にある。これまでも、衰退、没落、崩壊……と段階をふんでネガティブに形容されてきたし、そのつど劣化しながらもどうにかこうにか再生をとげたのだから、今度もまた大丈夫だという診断はもちろん不可能ではない。けれど、テクノロジーの劇的な進化は知の構造を根底からまるっきり組み替えつつあって、瀕死の原因の大半がもしもそこにあるのだとすれば、もはや手遅れなのかもしれない。いずれにせよ、旧来の意味でいう教養主義が消滅の局面にさしかかっていることはだれもが了解するだろう。

しかしながら、というよりも、それゆえにというべきか、教養を主題とした特集がビジネス雑誌で頻繁に組まれ、新学期ともなれば「教養としての×××」といったテンプレを掲げる書籍が市場に送り出される。そこでは、「明日すぐ役に立つ」ことが対価分きっちりと期待されていて、たいていはその時点での最先端の分野がメニューにならぶ。いまならAIがそれだ。あるいはエンジニアリング全般や経済学。だけど、最先端は時間の経過とともにたちまち先端ではなくなるから安心できない。ここにひとつの罠がある。

他方、むかしながらの教養論も健在だ。古今東西、時間と空間を自由自在に往還しながら、次から次へと読者の眼を眩まさんばかりにくり出される固有名や引用の数々は、〝教養ある話〟をいかにも体現していて、対象と語り口がそのまま合致する。であればこそ、読む人間をあらかじめ限定してしまう。そんな教養主義の自己循環もまたもうひとつの罠である。

このふたつの罠を回避した教養論が必要なのではないか。最新の知識をマニュアル化するハウツー路線でもなければ、教養の有無をパフォーマティブに確認しあう共同体路線でもない。そのどちらにも与しない路線の選択。つまり、教養の中身ではなく、それが成立する条件やフレームの点検作業をとおして足場を組みなおすこと。教養主義の性急なアップグレードでもリバイバルでもなく、じっくりリハビリテーションからはじめること。それがこの本のミッションだ。その意味では、どこまでも遅い。ヒントは詰まっているが、期待したアンサーはないかもしれない。

ところで、「教養主義」をタイトルに含むことに照れがともなわないわけではまったくない。むしろ、こうやって「はじめに」を書いているそばからたえず含羞はつきまとう。そこで──というのもおかしいけれど、先達との対話のなかで考えていく形式をとることにした。鷲田清一、竹内洋、吉見俊哉の三氏をゲストに迎え、いっしょにミッションに取り組んでもらう。考えてみれば、「対話的教養」を提唱する本書に相応しいスタイルだ。三つの対話を経由したさきに、新しい教養を立ちあげる準備が読者のなかでいくらかなりとも整ったなら、この本の目的の大部分は達成されたことになる。

では、なぜこの三名なのか。設定の意図は各章冒頭のリード文を確認されたい。各章は単体で完結しているので、どれから読んでいただいてもかまわない。ただし、連続性が透かし見えるよう配列には気をくばってある。順に読めばリハビリの作業工程を疑似体験してもらえると思う。なお、さいごの章には単独の談話が収録されている。三つの対話を別の角度から補完する内容になっているはずだ。全ページ下部には用語解説欄を貫通させた。不慣れな読者への便宜をかんがみて多めに付けてある。本編である対話パートのリズムを削ぐのであれば、それは本意ではない。必要に応じてちらちらと参照してもらいたい。



二〇一五年、最初の単著である『批評メディア論』(岩波書店)の刊行直後に本書は企画された。じつをいうと、二〇一六年の秋には三つの対談収録はすべて済んでいた。ペンディング期間が長引いた要因はわたしの怠惰にある。とっくにデッドラインを越えてもなお見放さず緻密な編集にご尽力いただいた、筑摩書房の石島裕之氏に衷心よりお礼を申し上げる。脚註の作成は石島氏と水出幸輝氏の手を煩わせた。感謝したい。そして、不躾な対話に終始こころよく応答してくださった鷲田清一氏、竹内洋氏、吉見俊哉氏に最大限の謝意を。これ以上望みようのない贅沢な布陣でこのテーマに挑めたことを光栄に思う。いずれの対話もわたしには至福の時間だった。

二〇一八年四月九日
大澤聡
教養主義のリハビリテーション / 大澤 聡
教養主義のリハビリテーション
  • 著者:大澤 聡
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2018-05-15
  • ISBN:448001666X
内容紹介:
教養のバージョンアップには今、何が必要か? 気鋭の批評家が、竹内洋、吉見俊哉、鷲田清一の諸氏と共に来るべき教養を探る!

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