書評
『異物』(講談社)
普段は温厚だが、その人が温厚にしていること自体が不気味で、それがすでにして示威行為であるという印象を周囲に与える池山真人という登場人物が魅力的である。
彼がそのような印象を他に与えるのは、彼がその内部に途方もない憤怒と途方もない悲哀をふたつながら自分のなかに同居させているからである。
彼はふたつの激しい感情を正義によって、内部にとどめているが、それは言語化できない正義である。というと彼が特殊な人間であるように聞こえるがそうではなく、この世に池山のように異物のような人間は多い。ところがこれまで小説は、このような人物を描かなかった。なぜならかかる人物は小説にとっても、なにをしでかすか、なにを考えているかわからない異物で下手に扱うと小説を破壊してしまうからである。
そんな異物を果敢に描いたこの作品はたいへんな力作であると思った。
彼がそのような印象を他に与えるのは、彼がその内部に途方もない憤怒と途方もない悲哀をふたつながら自分のなかに同居させているからである。
彼はふたつの激しい感情を正義によって、内部にとどめているが、それは言語化できない正義である。というと彼が特殊な人間であるように聞こえるがそうではなく、この世に池山のように異物のような人間は多い。ところがこれまで小説は、このような人物を描かなかった。なぜならかかる人物は小説にとっても、なにをしでかすか、なにを考えているかわからない異物で下手に扱うと小説を破壊してしまうからである。
そんな異物を果敢に描いたこの作品はたいへんな力作であると思った。