書評

『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』(文藝春秋)

  • 2018/07/11
芥川賞の謎を解く 全選評完全読破 / 鵜飼 哲夫
芥川賞の謎を解く 全選評完全読破
  • 著者:鵜飼 哲夫
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(254ページ)
  • 発売日:2015-06-19
  • ISBN:4166610287
内容紹介:
太宰治の「逆ギレ事件」から、辛口評で鳴らした石原慎太郎の引退までの秘話満載。名物文芸記者による日本一有名な文学賞の八十年。

選評が切り拓いてきた「新しい文学」

芥川賞の“謎”って何のことかと「はじめに」を読み進めていくと、あっさり答えが書かれている。「どうやって芥川賞は選ばれるのか?」「選考会の様子は?」「文壇の大御所たちの文学観の違いは?」といった疑問が“謎”だそうで、同賞の選評を読むと解読できるのだと著者はいうのである。

ふうむ。でもそのくらいの“謎”、第一回から第一五二回までの全選評を熟読するなんて効率の悪いことをしなくたって、解く手段は他にもありそうなものじゃない? と訝しんで行きつ戻りつすると、“謎”がこんなフレーズたちに挟まれていることに気づく。

選評とは、単なる作品の批評ではない。作家が自らの文学観と読みの力をかけて、他の委員である作家と議論し、真剣勝負をした戦いの報告でもある。

芥川賞の選評は、書くこと/読むことが、まさに表裏一体になった文学の王道の表現ともいえよう。

選評には、もう一つの芥川賞物語がある。

受賞者よりも、選考委員である作家たちに重点は置かれている。つまり本書は、選評群を文学的表現の堆積、文学的闘争の記録と見なす視点から、芥川賞の歴史、ひいては現代日本文学の歴史を解読しようとしたものなのだ。近年の類書として川口則弘『芥川賞物語』(バジリコ)がすぐに浮かぶが、川口著が客観性・網羅性に徹していたのとは対照的だ。

したがって本当の“謎”は、こう設定されていると解釈されるべきだろう。

「なぜ、数ある文学賞の中で芥川賞だけが特権的な地位を占めるに至り、文学の命運まで左右してきてしまったのか」

たとえば、冒頭で取り上げられている太宰治を筆頭に、後年だと村上春樹など、文学史に名を残す、残すに違いない作家で芥川賞に漏れた人は少なくない。授賞しそびれたと否定的に評価されがちな事実だが、著者はそれすらも結果的には文学に貢献した出来事と捉える。太宰なら「落ちたことで作家としては生かされたのかもしれない」という具合だ。

言い換えるなら、芥川賞史観による現代文学史である。主催元である文藝春秋の本だからという事情もむろんあろうが、芥川賞を抜きにある時期以降の文学が考えられないのはたしかだ。川端康成の痛烈な芥川賞批判をはじめとして、この賞の負の側面にもページは割かれておりバランスは心掛けられている。

それでも「肩入れしすぎでは?」と思うところがないではない。だがそれは、読売新聞文化部記者としてこの賞と二十五年間歩みをともにしてきた著者の、感慨と期待と希望の表れと受け留めるべきだろう。
芥川賞の謎を解く 全選評完全読破 / 鵜飼 哲夫
芥川賞の謎を解く 全選評完全読破
  • 著者:鵜飼 哲夫
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(254ページ)
  • 発売日:2015-06-19
  • ISBN:4166610287
内容紹介:
太宰治の「逆ギレ事件」から、辛口評で鳴らした石原慎太郎の引退までの秘話満載。名物文芸記者による日本一有名な文学賞の八十年。

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初出メディア

文學界

文學界 2015年8月号

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