書評

『批評時空間』(新潮社)

  • 2021/11/30
批評時空間 / 佐々木 敦
批評時空間
  • 著者:佐々木 敦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(333ページ)
  • 発売日:2012-10-31
  • ISBN-10:4103328916
  • ISBN-13:978-4103328919
内容紹介:
風景とは何か。記憶とは、来世とは何か。映画、演劇、音楽、写真など、同時代のさまざまな分野の作品が生まれる場所に立ち、震災後のわたしたちの心の動きに寄り添いながら芸術表現の核心に迫る、12の論考。同時代芸術を凝視し思索する、アクチュアルで野心的な批評集。

批評の可能性を更新すること、および実現できることへの確信

佐々木敦の「批評家」という肩書きには強固な意志が存在している。その意志を支えているものは、批評の可能性を更新すること、およびそれを実現できることへの確信である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は2013年)。

「世界」と「人間」との相関を増幅すること。批評の使命とはこれである。そうでなくてはならない。

どうして今「批評」にそこまでの信頼を置けるのかと時折訝しく思ったりもするのだが、佐々木は超人的なバイタリティで休みなく「増幅」のための営為を続けている。

本書は「増幅」を、同時代的な広がりにおいて追求した試みといえるか。脱あるいは超ジャンル的に「偶然でしかない組み合わせ」で作品を複数並べて(一作品の場合もあり)時評していくのが基本フォームだ。対象ジャンルは、映画、演劇、音楽、写真となり、この順に言及が多い。文芸誌が初出なのに文学は除外されている。その文芸誌は『新潮』で、二〇一一年一月号から二〇一二年五月号まで連載された。単行本化に際し「批評について――あとがきにかえて――」が書き下ろされている。また刊行後、同誌二〇一二年十二月号に「特別篇」が掲載された。

時評であるから当然なのだが、著者がそのとき遭遇したばかりの作品が毎回選ばれている。著者のツイッターを見ていると毎日のように何かに足を運んでおり(近年は演劇が多い印象)、その忙しさに圧倒される。憑かれたかのような量の活動の蓄積が著者の批評の厚い基盤となっていることはいうまでもないけれど、「動いていないと実存的不安に襲われる」と漏らすのを聞いたか読んだかしたことがある。

遭遇したばかりの複数の対象から、「時空間」という意識の下、共通する問題を導き出して論じるのが全体を通してのスタイルなのだが、しかしこのアプローチは容易に「批評者がそもそも持っていた問題意識を作品に恣意的に当てはめる」行為に反転しうる。力量が裁定される場面だ。

『批評時空間』はどうか。「批評とは生まれつき、副次的な存在である」と見切る著者はむろんそんな愚は犯さない。とはいえ完全に逃れてもいない。たとえば「死」が幾度となく主題として浮上してくることに、批評している者の(無)意識が介在していないと見るのは難しい。しかしその偏りは、批評者が陥りがちな罠とはどうやら性質が違うようなのだ。

本書で著者はいくつかの縛りを自らに課していて、その一つに「毎回、書法や文体を変える」というのがある。通読すれば誰しも気づくように、イーストウッド『ヒア アフター』を取り上げた回は、異質というより異様だ。なにしろ三人称「彼」が近親者の死について語る体の私小説と見紛う文章に一人称「私」が介入してくるのだから。だが「彼」も「私」も佐々木であるとしか読めない。

佐々木はそのしばらく先で、ジョナス・メカスの日記のある断章に「私」と「彼」が混在しているのことを示し、「日記、ノート、スケッチ」であったはずのものが「まぎれもない一編の「小説」に変容」することを指摘する。

となれば当然『ヒア アフター』の回で試みられた書法は「批評を小説へと変容させる」操作であったことになり、実際、佐々木は最後こう書き付けるだろう。

批評が批評のままで一篇の虚構としても成立しうるということ、それが批評でありながら同時に小説のようなものとしても読まれ得るということ、そう出来なくて、それぐらい出来なくて、どこが批評か。

本書の対象から小説が除外されていた理由がここで見えてくる。「死」がまつわりつく理由も。しかし佐々木のこの挑戦を「結局、批評は小説の夢を見るということね」と短絡しては事態を大きく見誤るだろう。何がどう違うのか。それを語ったものが、つまり本書である。
批評時空間 / 佐々木 敦
批評時空間
  • 著者:佐々木 敦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(333ページ)
  • 発売日:2012-10-31
  • ISBN-10:4103328916
  • ISBN-13:978-4103328919
内容紹介:
風景とは何か。記憶とは、来世とは何か。映画、演劇、音楽、写真など、同時代のさまざまな分野の作品が生まれる場所に立ち、震災後のわたしたちの心の動きに寄り添いながら芸術表現の核心に迫る、12の論考。同時代芸術を凝視し思索する、アクチュアルで野心的な批評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 2013年1月4日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
栗原 裕一郎の書評/解説/選評
ページトップへ